新しい望ましい基準

図書館法が定める,いわゆる「図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(以下「望ましい基準」)が告示されてから,おおよそ10年が経過しようとしている。現在の「望ましい基準」は,2012年に,当時の田中真紀子文部科学大臣により告示された。この間,図書館を取り巻く環境は大きく変化した。また,社会環境も変化した。こうした変化を踏まえて「望ましい基準」を改定することが必要である。もちろん,活用を一層すすめるという課題はある。そのためには,改定に際して,活用の実態を検証するとともに,活用を促す仕組み,工夫が必要である。

「望ましい基準」を改めて確認すると,現在の基準は2008年に改正された図書館法第7条の2で規定されたものである。それ以前の基準は「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」であり,2001年に,図書館法制定後,50年を経過して告示されたものであった。薬袋によれば,法律上,「望ましい基準」という語を含む法律は11あるという(薬袋 2020)。“望ましい基準”は図書館固有のものではないが,ありふれた基準でもない。社会教育関連施設では,公民館,博物館についてそれぞれ「公民館の設置及び運営に関する基準」「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」が規定されている。

「望ましい基準」は図書館法制定後,50年間,告示されなかった。この間,告示に向け多くの取り組みがなされてきたことは,薬袋の一連の研究で詳細にまとめられている。こうした中,日本図書館協会は,告示されない「望ましい基準」に代わるものとして『公立図書館の任務と目標』を刊行した。海外では,そうした専門職団体の関与も見られるが,行政職員が図書館の管理職を占めることの多い日本の公立図書館では,規範性の強さという点から,文部科学大臣による告示には意義がある。

図書館法は,「望ましい基準」以外に,「最低基準」と呼ばれる「公立図書館の最低基準」を規定していたが,1998年,地方分権の流れの中で廃止された。「最低基準」はその基準の低さから「ナショナル・ミニマム」とも言い難いものであったが,補助金と結びついており,図書館整備に一定の役割を果たした。

「望ましい基準」も,その名称とはうらはらに目指すべき基準とは言い難い。そもそも量的基準ではないため,例えば,「サービス人口2,000人あたり職員数1名」といったわかりやすい形での活用ができない(量的基準は,目標設定の参考数値として,委員会報告の参考資料としてつけられている)。その点では,公立図書館や私立図書館が,自らの図書館を有効に機能させるために必要と考える要素を選択・実施するための「素材」に近い。

「望ましい基準」の改定をしたとしても,それが活用されないのであれば,意味がない。では,活用状況はどうであろうか。このことについては,一定程度,活用されているとも考えられるが,十分活用されているとも言いがたい,といったあいまいな表現にならざるをえない。文部科学省の委託研究「生涯学習施策に関する調査研究 公立図書館の実態に関する調査研究報告書」(2016年)は,望ましい基準のいくつかの項目について調査しているが,一定程度の実施が確認できる。また,図書館協議会などで,評価,計画づくりなどに関わっていると,「望ましい基準」が引き合いに出されることも経験してきた。一方で,例えば職員の配置では「司書」の活用などが強調されているが,趣旨を踏まえて司書が配置・活用されているとは言いがたい。

望ましい基準の活用のため,日本図書館協会は2014年に『図書館の設置及び運営上の望ましい基準 活用の手引』を刊行しているが,現場でどの程度,活用されているのかはわからない。図書館の現場で利用しやすいよう,チェックリスト,必要度の高いもの/低いものの明示,規模別のグループ化などの工夫が必要かもしれない。

2012年以降,制度面では,首長部局による図書館の所管が可能になったこと,指定管理者による運営が広がっていること,読書バリアフリー法の制定,著作権法改正などがあった。自治体運営では,公共施設再編,フルセット主義からの脱却,自治体間連携も進んでいる。社会環境の変化では,デジタル化(電子書籍,デジタル・アーカイブなど)の進展,コロナウイルスにともなう社会変化,持続可能な開発目標(SDGs)への対応なども求められる。国際図書館連盟では「公共図書館宣言」の改定も予定している。次の改定が2030年代になるのであれば,それまでの図書館運営・奉仕の羅針盤となるような「望ましい基準」の改定が求められる。

(参考)

薬袋秀樹. 2020. “1950年制定の図書館法における複数基準の検討 : 複数基準について規定した法律の調査を通じて.” 日本図書館情報学会春季研究集会発表論文集 2020年度: 45–48..