図書館による広域連携の可能性

図書館法第2条が定めるように,公立図書館は地方公共団体(地方自治体)によって運営される。しかし,通常の地方公共団体以外の団体による運営や,地方公共団体が協力して運営することも可能である。そうした仕組みは「広域連携」(以前は広域行政と呼ばれた)と呼ばれ,その運営の可能性は以前より議論されてきた(例えば(糸賀 1982))。特に,近年,この分野の関心が高まっているように思われる。永田(2021)は最近の著作で,日本の図書館システムの適正規模を議論しているし,森山(2020)はフランスとアメリカの制度適用の可能性を論じている。また,鈴木等(2020)はアメリカの特定目的政府について詳細に検討している。

広域連携では,地方自治体同士が事務を共同して処理する。しかし,その仕組は多様である。地方自治法252条の2以降の条文,また284条によって法的に仕組みが規定されているが,法律に基づかず,首長あるいは教育委員会が協定書などで取り決めを結び,市民相互の貸出しを認めるケースも多く存在する。しかしここでは,主に地方自治法に基づく広域連携の仕組みについて整理していきたい。

 図書館において広域連携が必要な理由は何か。広域化することの積極的理由としては,規模の拡大によるシステム全体の効率化,コレクション充実による厚みのある資料・情報の提供,自治体境界に住む住民にとっての利便性向上などが,まず挙げられるであろう。また,規模拡大と異動先確保により専門職員採用にもつながるかもしれない。消極的な理由としては,少子高齢化,人口減少を前提としたときの,小さな自治体単独で多くの公共的施設を維持することの困難さ(フルセット主義からの脱却),広域的圏域設定による効率的な行財政運営,公共施設マネジメントからの施設再編・適正配置などが挙げられよう。

 では,地方自治法に基づく広域連携の仕組みにはどのようなものがあるか。これはに,法人格を与えるもの(法人型)と,法人格を与えないもの(契約型)に大別できる。法人型は,一部事務組合と広域連合がある(地方自治法284条)。契約型は,連携協約,協議会,機関等の共同設置,事務の委託,事務の代替執行がある(地方自治法第252条の2以降)。他に,「職員の派遣」の規定もある。自治体がどの手法を選択するかは,事務の内容,連携相手を考慮して決定することになるが,原理的には,自治体としての自治決定権確保と,連携による効率性のバランスによって決まることになる。自治決定権を強く求めるのであれば契約型を,効率性を強く求めるのであれば法人型を,選択することになる。

こうした広域連携のインフラとして,かつては広域行政圏があったが,平成の大合併によりその意義が薄れ2008年に制度が廃止された。それに代わり2008年,定住自立圏構想,2014年には連携中枢都市圏構想が総務省から打ち出されている。近年,こうした制度の活用が広がっている。また,連携のあり方は,政策領域により多層的かつネットワーク的に構築されたり,都道府県による垂直補完が進むことも予想される(新川, 2020)。

では実際に,図書館ではどのような広域連携手法が使われてきたか。一部事務組合は,典型的にはごみ処理や病院管理などで採用されるもので,複数自治体が事務を共同で処理する。糸賀の研究の時点では複数の一部事務組合立図書館が存在していたが,現在は総務省統計では0件である。一部事務組合を設立する場合,議会の議決を経ること,都道府県知事の許可を得ることなど,ハードルは高い。一度,設立されると,議事機関として組合議会が設置される。組合に拠出する予算の審議は構成団体の議会が行う。アメリカの特定目的政府に近いが,徴税権がない点は決定的に異なる。

法人型のもう一つの広域連合は,後期高齢者医療に関するもの以外,長野県など限られた地域で実施されているのみである。図書館については,上田地域広域連合がある。ここでは,上田地域図書館情報ネットワークが構築され,共通利用カードでの貸出・返却,総合目録の整備が行われている。このように,図書館では法人型はほとんど活用されていない。

契約型は,多く確認できる。例えば,県市合築で話題となった高知県と高知市,長崎県と大村市のケースでは,ともに県立図書館の管理事務を市に「委託」している。また,連携中枢都市圏構想の事例として,岡山連携中枢都市圏やこおりやま広域連携中枢都市圏では,連携協約等を結び市外利用者の館外貸出を行う事例が見られる。定住自立圏構想でも,市外利用者の館外貸出を認めることが多いが,播磨科学公園都市圏域定住自立圏では,電子図書館事業として圏域内住民の共同利用を行っている。

このように見てくると,日本の広域連携は,現状,契約型が多いこと,その連携の具体例も市外利用者を認める等,連携の程度が緩やかなものが多いことが分かる。しかし,さきほど述べたように,広域連携の推進要因,特に消極的な理由を考慮すると,今後,広域連携が広がることは十分考えられる。図書館としても,地域の事情,ニーズに応じて,戦略的に広域連携を模索することが必要かもしれない。

一部の自治体では自治体を超えて中央館・分館的な役割分担を設定している。これにより,コレクション,サービス,機能の分担を整理することができる。他にも,利用者の利便性向上のため,コレクションに深みをもたせるため,電子書籍を共同利用するため,経費削減のためのILS共通化をするため,専門的職員を採用するため,など広域連携の可能性は様々である。また,分散自律的なシステムを維持しつつ,連携を深めることも可能であろう。例えば,アメリカのような地域コンソーシアム設立も可能かもしれない。今後,この分野の研究はますます求められる。

新川達郎. 2020. “圏域マネジメント論とこれからの地方自治 : 2040問題と第30~32次地方制度調査会の検討から.” 同志社政策科学研究 21 (2): 67–75.

森山光良. 2020. “日本の広域行政の制度的枠組みへの公共図書館ネットワークの対応について : 日仏米の比較制度分析を通して.” 日本図書館情報学会研究大会発表論文集 68: 33–36.

永田治樹. 2021. 公共図書館を育てる. 青弓社.

糸賀雅児. 1982. “図書館未設置町村解消のための方策–組合立図書館の可能性をめぐって.” Library and Information Science, no. 20: p129-144.

鈴木一生, 小泉公乃. 2020. “米国における特別目的政府による公共図書館経営の理論的基盤.” 日本図書館情報学会研究大会発表論文集 68: 1–4.