社会学者のエリック・クリネンバーグ(Eric Klinenberg)は,「社会的インフラ」の観点から図書館の意義を指摘している。クリネンバーグは,著書,『集まる場所が必要だ―孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』(Places for the People: How to Build a More Equal and United Society)の中で,図書館が社会的インフラの一つの重要な機関であることを指摘し,コミュニティを強くすることに貢献すると論じている。ここでは,クリネンバーグの「社会的インフラ」という概念と図書館の議論を整理する。
クリネンバーグは,アメリカの社会学者であり,ニューヨーク大学の公共知識研究所(Institute for Public Knowledge)の所長も努めている。その研究は多様で,一人で暮らす人(シングルトン)に焦点を当てた著作などもある。『集まる場所が必要だ』も,図書館だけに焦点を当てたわけではない。しかし,図書館は社会的インフラの代表的施設として重要な位置を与えられている。『集まる場所が必要だ』は,社会学の研究書というより,いくつかの社会的インフラの事例を挙げながら,社会学的な分析が加えられた読みものである。
著書の中で,クリネンバーグは,社会的インフラ (Social Infrastructure)の具体例として,図書館,公園,遊び場,学校,運動場,市民農園などを挙げている。社会的インフラとは,固定的・物理的スペースであり,社会関係資本を育む空間である。私たちがインフラをイメージするとき,多くはハードインフラ(物理的インフラ)を思い浮かべるが,社会的インフラは利用の観点を含めることでそれを再構成している。社会的インフラは,だれでも利用でき,継続的,反復的な交流を可能にする。こうした固定的・物理的なスペースは,都市の社会生活に重要な役割を果たす。
クリネンバーグが提起した社会的インフラは,近年の図書館・情報学領域を含めて社会科学で注目されている社会関係資本,サードプレイスなどと密接に関係している。ロバート・パットナムは,『哲学する民主主義』や『孤独なボウリング』で,社会関係資本を議論したが,クリネンバーグはそれを生み出す条件(場所)に注目をした。また,社会関係資本を育む場としてレイ・オルデンバーグは,パブやカフェなど会話を中心としたサードプレイスを論じたが,社会的インフラはそれらと比較して,公共的なものであり,コミュニケーションの強度は低く,メンバーシップも強くない。
クリネンバーグがこうした社会インフラに注目したのは,シカゴを襲った熱波の研究からである。熱波による被害状況を調査したところ,住民のデモグラフィックデータは類似していても,社会的インフラが整備され社会関係資本が育まれた地域は,住民の死亡率が低かった。そこから,クリネンバーグは社会関係資本,そして,社会的インフラに注目していく。著書の中では,クリネンバーグは,ニューヨーク公共図書館の地域分館を訪問している。そこではXboxを使ったボーリング大会や,ひとりで子育て中の女性などの事例が描かれている。
公共的な社会的インフラはすべての人のためのスペースである。人種,宗教,社会的背景などで差別されることはなく,来る人を拒まない。また,商業スペースでは歓迎されない人であっても歓迎される。何も買わなくてもよいし,長居することできる。
社会的インフラは,都市において,単独の物理的空間として存在するが,一定の地理的圏域において複数,存在する(ことが望ましい)。面的な広がりを持つことで,社会的インフラは効果を発揮する。コミュニティに社会的インフラが多く整備されることで,その社会関係資本は充実したものとなる。
こうした役割を果たす図書館は政策担当者から過小に評価されているとクリネンバーグは考えている。図書館は,図書を提供することだけで利用者に多くの支援を行うことができる。それに加えて場所を活かした活動により,日頃は出会うことのない相互作用の機会も提供できる。著書では朝のティータイムの事例も紹介されている。朝,図書館でお茶とビスケットを楽しみながら,新聞を回し読みするイベントは,中国系,トルコ系,中南米系,ユダヤ系,アフリカ系などの人々が混ざりあう意外なコミュニティを生み出したという。
従来,社会関係資本やサードプレイスの議論では,かならずしも図書館は中心的に議論されて来なかったが,クリネンバーグの著書は,そうした図書館の重要性を社会的インフラという観点から焦点化している点で興味深い。図書館を社会的インフラとして見るようになった背景には,近年,図書館が資料提供に加え,場所を生かしたプログラムを積極的に行うようになったこととも関係している。また,コミュニティへの関与を強めていること,も関係していると思われる。
(参考文献)
エリック・クリネンバーグ著 ; 藤原朝子訳『集まる場所が必要だ : 孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』英治出版, 2021.
ロバート・D・パットナム著 ; 河田潤一訳『哲学する民主主義 : 伝統と改革の市民的構造』(叢書「世界認識の最前線」)NTT出版, 2001.
ロバート・D・パットナム著 ; 柴内康文訳『孤独なボウリング : 米国コミュニティの崩壊と再生』柏書房, 2006.
レイ・オルデンバーグ [著] ; 忠平美幸訳『サードプレイス : コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』みすず書房, 2013.