図書館とデジタルトランスフォーメーション(DX)

最近,「デジタル・トランスフォーメーション」(以下,DX)という言葉をよく聞く。DXは海外ではDTとも表記されるが,日本ではDXと表記されることが多い。日本でDXが使われる理由は朝日新聞の堀田の解説が分かりやすい。ここでは,DXを整理するとともに,図書館との関係についても検討したい。DXはErik StoltermanとAnna Croon Forsが,2004年の論考,Information Technology and the Good Lifeで最初に提起したと言われている。そこでは,情報技術により私たちの現実が変容し,生活世界に大きな影響を与えることが述べられるとともに,情報システム研究の課題が整理されている。近年では,その強調点がデジタル技術による組織,産業,社会の変革に移行しているように思われる。

DXは,デジタイゼーション,デジタライゼーションと関係が深いとされる。それぞれ,「既存の紙のプロセスを自動化するなど,物質的な情報をデジタル形式に変換すること」「組織のビジネスモデル全体を一新し,クライアントやパートナーに対してサービスを提供するより良い方法を構築すること」(総務省2021)とされるが,DXはその進化形とされ,より深いレベルの変化・変容を指すと言われている。日本では多くの図書で論じられ,その定義も様々であるが,必ずしも共通した理解があるわけではないように思える。バズワード,マーケティングの言葉として使われているようにも思われる。

国のICT政策は様々取り組まれてきたが,地方自治体のDX関連では,2016年の「官民データ活用推進基本法」,それを踏まえた2019年の「世界最先端IT国家創造宣言・ 官民データ活用推進基本計画」がある。その後,コロナ禍での政府の対応の混乱,デジタル庁発足を視野に入れて,2020年,「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」が閣議決定され,政府の取り組みについては「デジタル・ガバメント実行計画(改訂)」が,また,自治体関連では「自治体デジタルトランスフォーメーション推進計画」がまとめられた。それを踏まえて自治体の中にはDX推進計画を策定しているところもある。ちなみに,経済産業省の報告書「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」(2018年)は,DXを以下のように定義している。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し,データとデジタル技術を活用して,顧客や社会のニーズを基に,製品やサービス,ビジネスモデルを変革するとともに,業務そのものや,組織,プロセス,企業文化・風土を変革し,競争上の優位性を確立すること。

DXの定義は多様であり,ここではそのことは論じない。以下では,政策やマーケティング的なDXの文脈から少し離れて,海外の学術的なレビュー論文に基づいて,DXを理解するとともに図書館のDXを考えてみたい。取り上げるのは,カナダの研究者であるGregory Vialが2019年にJournal of Strategic Information Systemsに発表した論文である。戦略情報システムは広くは経営学に属し,図書館情報学ではないことに注意が必要である。当該雑誌の2021年のインパクトファクターは14.682であり比較的高い。Web of Scienceの引用件数は544件である(2020年7月)。レビューで対象とした文献は,情報システム関連の学術文献を収録するDBで「デジタル」「トランスフォーム」などの検索語を入力し,検索結果を精査して選んだ282件である。論文ではまず定義について説明するとともにDXのプロセスを8つの要素(ブロック)で説明している。本稿では定義とそれら要素の説明を中心に要約する。合わせて,図書館の状況を触れていくが,それは筆者によるものである。

内容に入る前に,研究の手法について簡単に説明しておくと,収集した文献についてグラウンデッド・セオリーを参考にコーディングを行い,帰納的に8つの要素を特定している。ここから分かるように,本研究はDXのあるべき姿,DX成功の秘訣を論じたものではない。これまで書かれてきたDX関連の研究が,どのようにDXを論じているかを帰納的に論じたものである。したがって,論文が発表された2019年時点のDXに関する経営学分野の知識の総体を縮約したものであり,今後の研究の基盤となることを意図したものである。

論文は,まず23件のDXの定義を分析し,それらを,①対象となる組織,②変化のスコープ,③変化を生み出す方法(技術),④期待される成果,の4つの特性に整理した上で,以下のように定義している。

情報技術,コンピュータ,通信,接続技術の組み合わせを介して,対象の特徴に対して大きな変化をもたらすことによって,対象をよりよくすることを目的とするプロセス

この定義で重要なことは,対象は抽象的であり潜在的に組織,社会,産業を含むこと,あくまで期待される成果であり実現は保証していないこと,デジタル技術の定義を抽象的に留めることで時間の経過に耐えるものとなっていること,とされる。総務省の定義と比較すると抽象度が高く応用範囲が広い一方,DXをイメージしづらいかも知れない。 次に,DXの8つの要素は図のように示されている。矢印を順番に見ていくと,①「デジタル技術の活用」は,グローバルなレベルで「混乱」を生じさせている。②そのために,あらゆるレベルで「戦略的対応」が引き起こされており,③組織では「デジタル技術の利用」に向かう。そのことにより,④「価値創造の方法の変化」が可能になる。同時に,⑤「組織構造の変化」がもたらされるが,一方で,⑥「組織による障壁」によって「価値創造の方法の変化」は影響を受ける。その帰結は,⑦「否定的影響」にも「肯定的影響」にもなる。以下,8つの要素を文献に基づいて説明していく。

出典: Vial, Gregory. Understanding digital transformation: A review and a research agenda. The journal of strategic information systems. 2019, vol. 28, no. 2, p. 122.

まず「デジタル技術」は,多くの論文で“SMACTI”に該当するものが論じられている。それらは,ソーシャル(S),モバイル(M),アナリティクス(A),クラウド(C),IoT(IT)である。加えて,プラットフォームもよく論じられていた。論文は技術の組み合わせの重要性も強調している。

図書館の文脈で言えば,まずは,ILSはもちろん外部DBなどを共通の基盤で扱えるようなプラットフォームが求められるであろう。ILS(図書館システム)が特定ベンダーのものであっても,電子書籍やデジタルアーカイブなどのシステムと連携する仕組みは不可欠である。このことにより,DBのサイロ化を防ぐことができる。利用者とのインタフェースを工夫することで,多様な情報資源を一括して検索できるディスカバリー化も可能かもしれない。プラットフォームについては,政府が進める地方自治体の基幹業務システムの統一,標準化の議論との関連でも重要である。各社のILSを標準化することで,コスト削減などにとどまらず,DBの統合的検索,外部連携がより容易になる。さらに,大学図書館で一般化し,外国の公共図書館でも多用されている電子書籍などのコンソーシアム構築にも大きな可能性がある。ここでのプラットフォームはITC活用にとどまらないより広い意味のものである。もちろん,ソーシャル,モバイルはユーザー側の情報利用行動を変化させており,図書館がプラットフォームに限らずデジタイズ,デジタライゼーションと異なるDXレベルでの対応が求められることはいうまでもない。

つぎに,「混乱,撹乱」(disruptions)である。論文は,3つの混乱を論じている。一つ目が,「消費者の行動と期待の変化」である。デジタル化により,消費者の入手可能な情報,コミュニケーション能力が大きく変化する。それにより様々な影響が出る。例えば,私たちに身近な銀行業務の多くは最近ではモバイル上で済ますことができるようになってきた。こうした変化は銀行業務に限らず,様々な側面で私たちの行動,期待を変化させている。図書館においても,例えば電子書籍は収集,整理,提供,保管といった図書館の伝統的な四機能を抜本的に変えるものであり,業務的にも,組織的にも,予算的にも大きな撹乱要因となる。

二つ目は「競争環境の破壊」である。近年,既存の市場のプレイヤーの競争優位が脅かされ,退出をせまられることも増えている。例えば,音楽分野ではその流通がCDからプラットフォーマーや新興企業など音楽配信サービスに移行している。それにともない,CDを作って,それを流通させ,レコード店で販売したり,レンタルショップで貸与したりする産業構造が変化している。こうした破壊は物理的製品からサービスへの移行という形をとることが多い。図書館はこれまで,レンタルショップ同様,物理的媒体を扱ってきたが,サービス化への移行にともない,図書館のあり方の変革がせまられている。

三つ目は「データの利用可能性」である。デジタル化によるサービス提供はアクティビティログなど,さらなるデータ生成をもたらす。得られたビッグデータにより利用者の行動をトレースし,分析したりすることが可能になる。図書館ではILSに多くの情報が収集・蓄積されている。また,図書館にサービスを提供するベンダーのDBにも多くの利用者の情報が蓄積されている。これらは,原則的には「個人情報の保護に関する法律」,「図書館の自由に関する宣言」,国際的には,「IFLAインターネット宣言」(2014),「図書館でのプライバシーに関する IFLA 宣言」(2015)などに基づいて取り扱うことが不可欠であり,一般と比較して慎重な活用になる。ただし問題は,法制度,図書館界の規範,技術的な工夫,ILSやベンダーからの情報の扱い,個別館のローカルな判断などが複雑に絡み合うことである。これらについて一定の調整を図書館界で行う必要がある。

以上の「混乱,撹乱」により社会の様々なレベルで「戦略的対応」がとられることになる。DXによる状況の変化は,企業にとってゲームを変えるような状況の発生であり,競争力維持には何らかの対応が必要である。そのために,まず,組織の戦略に,情報に関わる戦略を組み込むことが必要になるし,それは組織のビジョン達成のための手段においても同様であるとされる。同時に,デジタル技術を活用してビジネスモデルを再定義する必要もある。こうした一連の対応は図書館も同様である。個別の図書館としては「基本的運営方針」や各種計画でのデジタル技術活用の検討,事業再構築などが必要になる。また,県レベルや図書館業界全体として対応が必要になることも多い。

このような状況下,組織がデジタル技術を活用することにより「価値創造の方法の変化」がもたらされる。動画配信サービスのNetflixは,かつてはウェブを用いてDVDのレンタルサービスを行っていたが,ストリーミングサービスに移行し成功した。ストリーミングサービス以降,Netflixは利用者データを活用し新しいコンテンツ制作に役立てている。このように,デジタル技術活用は新しい価値創造の不可欠な要素となってきている。また,デジタル技術はエコシステムの再定義を可能にするという。例えば,物理的製品のやり取りでは不可欠だった仲介者をバイパスしたり,利用者間のコラボレーションを促進したり,価値を共創したりするなどである。図書館では,図書館評価でインプット,アウトプットを中心に年度単位で状況を把握することは行われてきたが,その粒度(トランザクションレベルなど),把握のタイミング,マイニング的手法の活用など改善は多く考えられる。

ではDXは組織をどのように変化させるか。いくつかの方法があるが,独立した組織を作ることもあれば,横断的なチームを作ることもあるという。後者では部門を超えたコラボレーションが行われ,サイロを壊すことも目指されるという。組織に根付く強固な組織文化の変革も必要である。そのために多くの研究で組織はリスクをとって小さな,漸進的変化を繰り返し,成功体験を組織全体に広げることが効果的であるとしている。CDO(Chief Digital Officer)の指名,リーダーシップも重要である。また,従業員の既存スキルのアップデートも求められる。図書館の文脈で考えると,図書館の多くは小組織であり,単独での対応には限界がある。また,自治体全体のDX方針との整合性も求められる。とはいえ,デジタル技術や,セキュリティ,個人情報保護などに関して習熟し,DXを推進できる人材は必要である。地域での研修が重要であろう。

一方で,DXの推進に対する「組織の障壁」も考えられるという。例えば「惰性」である。DXによる変革が組織構成員の既存の資源,能力と衝突する場合や,顧客・資源提供者が既存のエコシステムに深く埋め込まれ,システムが最適化された状態にあればあるほど,組織は硬直的にならざるをえない。また,「抵抗感」もある。例えば,繰り返される「イノベーション」に対して「疲労」を感じているときなどである。これらを乗り越えるには,慣れ親しんだ組織文化と整合性を保ちながら,デジタル技術を受け入れるような仕組みづくりが必要であるし,デジタル技術のメリットを可視化することも求められるという。図書館内部においても,惰性,抵抗感は職員からも,利用者からも生じる。特に図書館への理解の深い関係者の規範意識(「図書館はかくあるべし」)は大きな障害となりうる。しかし,「組織の障壁」よりDX推進を阻害するのは,日本の図書館界では制度的障壁ではないだろうか。例えば,フェアユースのような一般的な権利制限規定を欠く著作権法は図書館の活動の幅を狭める。

DXによる「肯定的な影響」としては,自動化,ビジネスプロセスの改善,コスト削減などによる業務効率向上が挙げられる。また,クラウドコンピューティングは様々な業務の保守管理を不要にし,ビッグデータの分析は意思決定プロセスを効率化すると言われる。同時に,組織は革新性を高め,財務状況を改善し,企業を成長させ,社会的評価を高める。こうした組織における影響とともに,DXはよりポジティブな影響をもたらす。例えば,医療資源が貧弱な地域に対する遠隔医療は,そうした地域に高度な医療を提供することを可能にし,個人の生活の質を向上させるという。図書館でも人工知能の活用,電子情報資源活用による業務体制の変革,ビッグデータのビジュアライゼーションなどは実施段階,あるいは近い将来の活用が期待されるようになっている。サービス面では,非来館型サービスによる利用者の掘り起こし,従来利用が難しかった資料へのアクセス(NDLやデジタルアーカイブ)など,大きなメリットが考えられる。

DXは,「好ましくない影響」ももたらす可能性がある。具体的には,セキュリティ,プライバシー,安全性が挙げられている。こうしたリスクを認識することが重要である。図書館においては特にこれらへの十分な配慮は不可欠である。

以上,Vial の論文に沿ってDXについて述べてきた。2019年の文献であり多少古いこと,企業経営を前提にしていることなどの限界はあるにしても,図書館のDXを考える際,参考になるのではないだろうか。公立図書館の中には,DXどころか,デジタイゼーションもこれから,というところがあるかもしれない。そもそも一つの自治体の図書館ではできることは限られる。自治体による制約も多い。図書館界,関連団体,関連企業と連携しながら,システム,プラットフォームを整備し,人材育成に取り組むことが必要になるであろう。また,DXはVialの定義のように「プロセス」である。すなわち継続的に行っていく必要がある。Vialは,組織が破壊的状況を感知し,それにもとづいてビジネスモデルを再構築するため,ダイナミック・ケイパビリティの可能性の研究を指摘している。DXを一過性のものとしないための検討は図書館でも同様に求められよう。

“(ことばサプリ)DX 「未知数X」に情報革新のヒント”. 朝日新聞. 2020年11月14日, 朝刊, p. 15.

Stolterman, E. ; Fors, A. C. The good life in a technological age. Information Systems Research. Springer, 2012, p. 687-692.

Vial, Gregory. Understanding digital transformation: A review and a research agenda. The journal of strategic information systems. 2019, vol. 28, no. 2, p. 118-144.

総務省. 令和3年版 情報通信白書. 総務省. 2003, 480p. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112210.html, (accessed 2022-07-14).