これからの図書館の姿: Rising to the Challengeから考える

図書館の未来はどうなるか。2000年代は文部科学省からいくつかの報告書が出され,図書館関係者の間でもこれからの図書館のイメージが共有されていたように思う。しかし,近年はそうしたものは刊行されていない。海外ではこの間,多くの図書館の未来に関する報告書が出されてきた。ここでは,アメリカのアスペン研究所が,ビル&メリンダ・ゲイツ財団から資金を得て,2014年に発表したRising to the Challenge: Re-Envisioning Public libraries(以下「レポート」と呼ぶ)を見てみたい。このレポートは,図書館関係者だけではなく幅広い関係者を巻き込んで策定されている。その意味では,社会である程度共有された将来の図書館像といえそうである。

内容に入る前に,構成を確認しておくと,全体は大きく4つに分かれている。最初に社会的背景がまとめられ,つぎに新しい公共図書館のビジョン,そして,成功に向けた戦略が書かれている。最後に,結論と実現への15のアクションが示されている。ここでは,主に,新しい公共図書館のビジョンを中心に取り上げる。図書館の未来を考えるとき,もっとも参考になると考えるためである。ここは3つに分かれており,図書館を構成する3つの資産(人,場所,プラットフォーム),規模の拡大,コミュニティへのアウトカムが書かれている。以下では,これらをまとめながら,コメントしていきたい。

図書館を構成する資産の最初は「人」(people)である。ここでの「人」は図書館に関わる人全体を含み,図書館員,利用者,関係者などが含まれる。図書館の役割は,今後,コレクション構築から人的資本の強化,人と人の関係構築,知識ネットワーク構築へと移行すると述べられている。そのための活動としては,ゲームのコードを書く,高校のオンライ講座に取り組む,求職者が履歴書を作成する,メーカースペースで新しい製品を作る,などが挙げられている。人を中心とした図書館になることで,図書館員のスキルは変わるが,同時に,地域の専門知識を持つ関係者との連携が重視されることになる。

レポートで強調されている「人」は,日本の公立図書館の計画でも同様に重視されており,「人」に注目すること自体は,それほど違和感はない。しかし,日本の図書館では,コレクションを構築し,資料・情報を提供することを中心に据えてきたように思う。しかし,レポートは資料・情報の提供に加えて,人を中心とする図書館への移行を強調している。このような図書館像は,日本の図書館員を不安にさせるかもしれない。図書館員はそうはいっても図書に代表される「知」の専門家であり,レポートが挙げるような人の支援に関わるプログラム実施などは自分の専門性の範疇とは考えてこなかったのではないだろうか。また,レポートは図書館員が自らこうしたことを行う以外に,図書館がプラットフォームとなり,コーディネートするスキルも求めてもいる。こうした役割は,日本では社会教育領域の専門職画担ってきたように思う。

図書館を構成する二つ目の資産は「場所」(place)である。場所では,まずは物理的場所の重要性が指摘される。その場所で行われることはなにか。レポートはいくつか具体例を挙げており,まずは移民,若者などのつながりを作る場所である。つぎに,パフォーマンスができる場所,イノベーションラボ,メーカースペースなどである。そこは消費ではなく創造に資する場所である。また,コワーキング,コラボレーションスペースなど,地域経済を活性化する場所である。さらにテクノロジーにアクセスする場所でもある。こうした,物理的な図書館を作るときの注意点として,「前世紀の最高の図書館」ではなく,変化に対応できる十分な柔軟性を持つ図書館をつくることが推奨されている。レポートは,こうした物理的場所以外に,365日,24時間アクセスできるバーチャルな環境も仮想的空間として求めている。そこでは,ウェブページを見たり,バーチャルなブッククラブ,ディスカッショングループにアクセスできたりする。

上で挙げた活動の一部は,日本の図書館でも実現しているところがある。しかし,多くの図書館はやはり図書中心で,空間的には書架中心である。滞在交流型の図書館も見られるが,そこで行われる活動(とアウトカム)を体系的に整理しているところは多くない。その意味では,レポートが示している例は日本の図書館にも参考になる。現実的な問題として,ではレポートが挙げるような活動を行う場所をどのように作るかがある。図書館には普通あまっている場所はない。であれば,書架をへらすしかないが,そのことは既存利用者の抵抗を受けるであろう。新しい図書館で試行するなどしながら成功モデルを積み重ねる必要がある。

図書館を構成する 三つ目の資産は「プラットフォーム」である。利用者はプラットフォームが提供するサービス,リソース,ツールを利用する。利用者は自分なりにプラットフォームをカスタマイズし活用していく。プラットフォームとしての図書館は「サービスとしてのインフラ」(IaaS)をまねて「サービスとしての図書館」(LaaS)と呼ばれる。図書館のプラットフォームは,多数の目録を統合的なインタフェースに統一すること,強固なプライバシー保護を持つこと,無料であること,などが求められる。

レポートのように図書館をプラットフォームと捉える見方は,近年の欧米の図書館関連文献でいくつか見られる。その意味では,図書館の未来像のひとつの典型といえそうである。プラットフォーム上でおこなわれる様々な活動を,図書館は各種サービス,リソース,ツールの面で支えるというイメージである。ここでは,伝統的な「図書を貸出す図書館」というイメージは後景に退いているが,なくなっているわけではなく,プラットフォームの要素のひとつに含まれている。

以上の「人」「場所」「プラットフォーム」を支えるため,レポートは規模の拡大を主張する。それは図書館のデジタルネットワークの全国的展開である。レポートは,ローカルなプラットフォームをオープンな共有プラットフォームに接続することを提案している。そのモデルは,DPLA(Digital Public Library of America)である。そうした共有プラットフォームにより,イノベーションの共有,情報やコンテンツの共有,電子書籍プラットフォーム,推薦エンジンの共有などが実現される。これらにより規模の経済も働く。例えば電子書籍ベンダーとの関係で価格交渉力を増すことになるという。

図書館はもともと相互に情報共有を活発に行ってきた。日本でも全国的レベルでは日本図書館協会,国立国会図書館などが,地域的にも都道府県立図書館,県図書館協会などが中心になって情報共有をしてきた。上記のような仕組みができれば,施策・事業の共有,課題の共有などがさらに進められる。実際,図書館の委託・指定管理を受けている事業者の中にはそうした仕組みを構築し,情報を共有している。

また,図書館システム(ILS)の共有化は日本の政府の施策とも一致する。総務省は自治体情報システムの標準化,共通化を進め,クラウドによる共同利用を目指している。もちろん,ILSはベンダーごとに異なるものであり,カスタマイズの程度も異なる。図書館に固有な業務手順と強く結びついていることは共有化にはマイナスに作用する。レポートも,規模の拡大は実現が困難であると述べている。しかし,オープンなプラットフォームに接続しさまざまな情報を共有できれば,図書館の活動がよりよくなることは間違いない。

以上により得られるコミュニティのアウトカムはなにか。レポートは大きく5つ挙げている。一つ目が,共同的で,インフォーマルな,非伝統的学習である。具体的には学校外の教育機会を提供すること,低所得家庭の教育を支援すること,幼児教育を支援すること,コミュニティ資源を生かした学習を促すこと,などである。二つ目は,雇用と経済発展であり,地域の人々の人的資本の育成,求職者への訓練などが挙げられている。三つ目は,リテラシー向上である。リテラシーには,通常のリテラシーも含むが,それ以外に情報リテラシーやデジタルリテラシーといった高次のリテラシーも含む。さらに,金融リテラシー,ヘルスリテラシーなど個別領域のリテラシーも含む。四つ目が市民のリソースとなることである。具体的には,ホームレス,移民,災害,環境に関わる地域課題などへの支援が挙げられている。最後がブロードバンドなどによるデジタルへのアクセスである。

ここに挙げられているアウトカムに関わる活動は日本でも議論されてきた。例えば,乳幼児サービスや児童サービス,おはなし会等をつうじたリテラシー教育などは一つ目と関係する。また,課題解決支援,医療健康情報,ビジネス支援,さらに最近では地域活性化等が二つ目と四つ目に関係する。四つ目と関連する社会的包摂では,図書館海援隊,障害者サービス,多文化サービスなどの活動も見られた。最後のデジタル化についても,2000年代の政府の報告書では,ハイブリッドライブラリーが唱えられ,データベース導入や利用者用PCも設置された。レポートがこうした日本のものと大きく異なる点は,実現のための「手段」である。先ほども述べたように,日本では,依然として資料・情報提供を中心に議論してきた。しかしレポートは,コレクションにはこだわっていない。そして,プラットフォーム上で,地域の人的資源と連携しながら,様々な活動を実施することを前提にしている。日本でこうした議論をする際は,公民館との役割分担が議論されてきた。この役割分担論は,今後,研究が必要だし,議論の整理が必要である。

アスペン研究所は,このレポート刊行後,さまざまな取り組みを行ってきた。2016年にはウェブサイトを立ち上げている。また,ACTION GUIDE for Re-Envisioning Your Public Library(2016),同バージョン2(2017)も刊行した。アクションガイドはワークシート形式になっており,将来の図書館を議論するために利用できる。こうしたこともあり,レポートはアメリカの公共図書館における戦略計画策定やアドボカシーに活用されている。図書館以外の関係者を巻き込んで議論を進めたこと,レポート刊行後はその活用を促す積極的な取り組みをしていることなど,計画を推進する方法についても参考になる。

Garmer, Amy. “Rising to the challenge: Re-envisioning public libraries.” (2014).