研修を図書館の仕事に役立てる

図書館の世界では多くの研修が日々,行われている。図書館法(第7条),「図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(第二,一,4(2)),「図書館員の倫理綱領」(第6)はそれぞれ司書等の研修を定めている。司書資格は一度資格を取得すれば,失効することがない。一方で図書館職員に求められる知識,技能は日々変化している。であれば,研修などをつうじて知識・技能を更新していくことが必要である。そのこともあり文部科学省,日本図書館協会,都道府県立図書館・図書館協会などは多くの研修を実施している。各図書館や指定管理者である企業・団体も組織内研修を実施している。こうした研修を,充実したものとし,その効果が確実になるようにすることが必要だ。

そもそも研修とはなにか。研修とは人材育成の一つであり,一般に組織が成員に対して行う能力開発のことである。通常,一定期間,職場から離れたところで行われる。人材育成には,研修以外にOJT,自己研鑽がある。研修はOJTとの関係ではOff-JTとも呼ばれる。一般に研修とOJTは人材育成の両輪とされてきた。仕事の業務知識を身につける上で,研修で獲得した知識はわずかにすぎないともいわれるが,研修を受ける時間を考慮すれば効率はよい。

研修に関する学術的知見はこれまで多く蓄積されてきた。研修で学んだことを職場で実際に実務に活かすことを「研修転移」(transfer of training)と呼ぶが,これらは研修の評価,効果的な実施方法などの研究で検討されてきた。しかし,日本に限らず図書館界では研修転移に関する研究はほとんど行われてこなかった(Campbell-Meier, 2021)。ここでは,「研修転移」に有効な要因を紹介し,図書館界での応用に資するようにしたい。

研修による個人への介入を考えるとき,以下のようなプロセスを想定できる(関根等, p. 318-319)。すなわち,学習者は研修を受ける中で様々に「反応」し,「学習」により変化をし,それが職場での「行動」を変える。そして結果として,職場に「成果」を生む。「成果」は,図書館の文脈であれば,サービスの向上,アウトカム,インパクトになろう。「研修転移」研究ではこうしたプロセスをモデル化し,実証研究により,プロセスの関連性や影響する要因を分析してきた。こうした研究から,「反応」「学習」があっても必ずしも「行動」に結びつかないことが多いことなどが明らかにされてきた。その意味では,いかに「行動」に結びつけるかが重要である。

「転移」に関する代表的研究にはKirkpatrick(1959)やBaldwin & Ford(1988)などがある。特にBaldwin等のモデルは秀逸であり,研修での転移を考える上で示唆に富むが,ここでは最近の研究であるBurke & Hutchins(2007)を参考にする。ここでは彼らの研究のうち,「研修転移」を生じさせることが実証研究から支持されている要因を見ていきたい。なお,ここでは,関根他(2017)や中原(2014)の文献も参考にするとともに,図書館での具体的な応用も考えてみたい。

Burke等の研究は,Baldwin等の研究以降の研修の転移に関する文献の総合的レビューである。レビューの対象は実証研究であり,研修の転移を扱っている限り人材育成分野に限らず対象としている。研究は,①「学習者の特性」,②「介入の設計と実施」,③「職場環境」という3つの領域に分けて検討している。レビューの結果は,表に実証の度合いごとに整理されている。以下では3つの領域ごとに「強く,または中程度に転移に関係している」とされた変数,つまり転移をある程度,促すと考えられる要因を見ていく。

最初は①「学習者の特性」である。この中で,転移に有効とされた変数は,当人の認知能力(cognitive ability),自己効力感(self-efficacy),事前の動機づけ(pretraining motivation),不安(anxiety),経験に対するオープンさ(openness to experience),認識された有用性(perceived utility),当人のキャリアプラン(career planning)である。

「当人の認知能力」は,一般的知能の程度であり,高ければ転移によい影響を与える。しかし,この変数はここでは示唆するところが少ないのでこれ以上触れない。「自己効力感」は,研修で学んだことを自分でもできると考える度合いである。自己効力感が高いほど職場で成果を活かす。また,「自己効力感」は,研修前と同じ状態に戻る「逆戻り」を予防する効果を持つという(関根他, p. 326)。その意味では,図書館の研修においては,「逆戻り」のリスクを知らせるとともに学習者に自信をつけさせて職場に戻すことが大事である。関根等によれば,研修後の自己効力感は,講師のインストラクションスタイルが関係しているという(関根他, p. 320)。研修では,受講生と心理的距離を縮めるようなインストラクションスタイルや講義だけではない多様な教授方法を採用するなど,教え方の工夫が求められる。

「事前の動機づけ」は,研修前から強い動機づけを持つ学習者ほど,成果を活かしやすいということである。また,「不安」は,学習者の不安のことで,これは転移にマイナスに作用する。これらのことから,研修前に学習の準備をしっかりと行い(レディネスを高める),研修への期待を高め,不安を和らげることが重要である。そのための方策として,研修の目的,内容を正確に伝えること,研修参加のメリットを知らせることなどが重要である。また,事前課題や事前のアンケートを課すことも考えられる(関根等, p. 330)。図書館の研修でも,日本図書館協会のステップアップ研修が,事前課題を課すことが多いと聞く。また,研修の世界では「ARCS」という言葉がある(中原, p. 223)。これは,研修中の動機づけであるが,「注意」(Attention)を喚起し,自分の仕事と「関連性」(Relevance)があることを感じさせ,やればできそうだという「自信」(Confidence)を生み,やってよかったという「満足」(Satisfaction)を感じさせることである。学習者の不安を和らげ,動機づけることは事前に加えて研修中も心がけたい。

「経験に対するオープンさ」は,知的好奇心の強さであり,そうした学習者は,学習したことを職場で活かすという。また,以前の学習での成功体験を活用し,必要なスキルを早く習得するとも言われる。「認識された有用性」は研修の内容を適切,あるいは有効と感じた学習者は,研修で学んだ知識を活用するという。研修実施側にとっては,有用と感じてもらうために事前のニーズアセスメントが必要になる。また,対象者のプロファイリングも有効である。「5K」といわれる参加者の経験,知識,言葉(言語能力),職場内の権限,肝(参加者が最も知りたいこと)を事前に知っておくことも有効である(中原, p. 68)。最後に,「当人のキャリアプラン」も転移に関係する。事前の十分な情報提供が「自分にとっては役に立たなかった」といったミスマッチを防ぐことにつながるのではないだろうか。

つぎが,②「介入のデザイン」である。研修の実施側にはコントロールしやすい要因である。ここでは,学習の目標(learning goals),内容的な関連性(content relevance),実践とフィードバック(practice & feedback),行動モデリング(behavioral modeling),エラーベース事例(error-base examples)などを挙げることができる。

「学習の目標」は,学習の目標を明示することである。研修プログラムの目標は事前に参加者に伝えられる必要がある。研修を受けることで得られる知識や行動が明確化されることも重要である。関連して中原は「OARR(オール)を握る」ことの重要性を紹介している(中原, p.224)。これは,研修実施時であるが,アウトカム(outcome),アジェンダ(agenda),役割(role),ルール(rule)を最初に参加者と約束をし,研修中も繰り返すことである。このように,研修で何を扱い,何をゴールとするかを共有することが学んだことを職場で活かす上で重要である。「内容的な関連性」は,研修で学習した内容が,現場と関連性を持つ度合いである。関連性が高いと転移が進む。関連性を高めるためには,研修企画時のニーズ調査が不可欠である。特に研修と関係する人(ステークホルダー)との意見交換は重要である。また,このことと関連して学習した内容を活かす状況が,学習者の職場環境と近いか遠いかも関連するといわれている(関根他, p. 317)。状況が職場環境と近いと転移が生じやすい(近転移)が,異なる状況だと生じにくい(遠転移)。また,状況が異なる場合であっても,普遍的な事柄を扱ったり,研修で学んだことを職場環境でどのように活かせるかを考えさせたりすることも有効とされている(関根他,p. 329)。

「実践とフィードバック」は,研修の際,学習者が実践し,それに対して講師や参加者がフィードバックすることである。これに適した学習は図書館の研修では多くないかも知れないが,利用者との接遇やレファレンス対応など,即時的な対応が求められることがらには効果的であろう。「行動モデリング」は,観察によって新しい行動を学ぶ方法である。私たちは自ら経験しなくても観察から学ぶことができるというA. バンデューラの研究を背景に持つ。これも利用者との接遇に活用できる。「エラーベース事例」は,研修で学ぶ事例を採用しないと,どのような不都合な事態が生じるかを事例で学ぶ方法である。図書館の研修でも,例えば,災害発生時の緊急対応などには有効な方法かもしれない。

最後が,③「環境要因」である。ここには,「転移の雰囲気」(transfer climate),「上司の支援」(supervisory support),「同僚のサポート」(peer support),「発揮する機会」(opportunity to perform)がある。主に学習者を取り囲む環境,特に職場の雰囲気や上司・同僚との関係に関わることがらである。

「転移の雰囲気」は,組織が研修で学んだことを,仕事で活かすよう促すような職場の雰囲気のことである。例えば,図書館評価について研修で学んだ職員がいれば,実際にその業務に携わってもらい業務手順の見直しをしてもらう,などが考えられる。そのことについてフィードバックを受けられればさらによいとされる。こうした雰囲気以前のこととして,研修の報告を口頭,文書により職場で共有することは重要である。つぎが「上司の支援」「同僚のサポート」である。研修前であれば,研修参加について,職場,少なくとも上司はよく認識し,関心を持っていることを伝えることが有効であろう。研修後,上司は学んできたことを発揮するよう促したり,新しく学んだことを話し合ったり,さらには,同僚と学んだことを共有したりすることは転移に有効である。館長など管理職は雰囲気の醸成を始めとして,研修の成果を活かす職場づくりに重要な役割を持っていることを認識する必要がある。

以上,人材育成の一つである研修の転移を促す要因をみてきた。転移は,個人の問題であったり,職場の問題であったりする。その意味では,図書館職員各自の自覚と管理職の役割は重要である。あわせて,研修を企画する側も転移に大きく関わっている。インストラクションスタイルなどをはじめ研修実施には工夫が求められる。多くの研修を有効なものとするためにも,研修を実施する側はノウハウを共有,蓄積することが必要だ。参考になる図書として,『図書館の現場力を育てる: 2つの実践的アプローチ』は示唆に富むが,Practical Tips for Developing Your Staff(Pratchett & Young, 2016)のようにより網羅的なものがあってもよい。また,効果的な研修を実施するための研修なども有効であろう。そして,研究も必要である。そこから日本の図書館界に固有の要因が浮かび上がってくるかもしれない。

尼川洋子・石川敬史『図書館の現場力を育てる: 2つの実践的アプローチ』樹村房, 2014, 147p.

Burke, Lisa A., and Holly M. Hutchins. “Training transfer: An integrative literature review.” Human resource development review 6.3 (2007): 263-296.

Campbell-Meier, Jennifer, and Anne Goulding. “Evaluating librarian continuing professional development: Merging Guskey’s framework and Vygotsky Space to explore transfer of learning.” Library & Information Science Research 43.4 (2021): 101119.

中原淳『研修開発入門: 会社で「教える」,競争優位を「つくる」』ダイヤモンド社, 2014, 344p.

Pratchett, Tracey, and Gil Young. Practical tips for developing your staff. Facet Publishing, 2016.

関根雅泰・齊藤光弘「第13章 研修転移」中原淳編『人材開発研究大全』東京大学出版会, 2017, p. 315-340.