希望図書即時提供サービス

滞在先の宿の近くに書店がある。その入口に以下の看板があった。

冠岳区テミン文庫入口の看板

これは,近年,韓国で行われるようになっている「希望図書即時提供サービス」(희망도서 바로대출)の看板である。カレントアウェアネス1でも紹介されているが,関連の研究があるので,少し詳しく見ていきたい。

このサービスでは,市民が書店で図書を「借りて」,読み終わるとそれを書店に返却する。書店は,その図書を図書館に納品し,図書館はそれを購入するというものである。市民は,読みたい図書をすぐに読むことができるし,書店は売上げが伸びるというメリットがある。日本でも図書館と書店との連携が注目されている。こうしたサービスの可能性はあるのであろうか。

この仕組みが最初に導入されたのは京畿道である。韓国では書店を支援することが政策的に進められてきたが,その中で,京畿道の自治体で2015年頃から開始された。その仕組みはおおむね以下のようになっている。

  • 利用者は読みたい図書があった場合,まず図書館に申請を行う。
  • 図書館では該当の図書が収集方針に合致し,受入可能と判断すると利用者に通知する。なお,利用者が申請できる図書冊数には一定期間(1ヶ月など)内で制限がある。
  • 図書館から通知を受けとると利用者は書店に行き,その図書を「借りて」読む。
  • 通常の貸出期間内に利用者は図書を書店に返却する。
  • 書店は図書館にその図書の納品を行い,図書館はそれを購入し蔵書とする。

市民が購入できる書店はどこでもよいわけではなく,自治体と協定を結んだところに限定される。滞在先周辺の書店を見た限りでは,独立系の小さな書店などは行っているところがあったが,大型チェーン店などは行っていないようであった。

この制度についてYun-Jung Lee(2022)2が図書館・書店・利用者に調査しているので紹介したい。対象は2022年に京畿道の自治体に行った。京畿道は日本で言う「県」のレベルの自治体だが,そこで調査した11自治体で,この仕組みに支出したのは6億4千ウォンだった(6.4千万円)。参加した書店では,平均10%以上,売上げが増加した。図書館の資料費に占める比率は11自治体平均で12.2%〜32.8%であった。自治体にもよるが,よく利用される自治体もあることが分かる。また,書店にも大きなメリットがある。

利用者の反応は好意的であった。満足度は89.6%であり,うち「非常に満足」は70.1%であった。要因としては,即時に利用できること,家の近くの書店で借りることができること,入手が容易といったものであった。逆に否定的意見としては,図書館予算消化のため利用できなくなること,出版年や金額などで申請できる図書に制限があること,貸出期間が短いことといったものである。

図書館の反応は,81.8%が満足しており,その理由は,地域経済の活性化,入手時間短縮による市民の満足度向上,利用者サービスの拡大といったものである。一方で,複本やベストセラー中心の購入による蔵書の質低下や,図書館のストック機能が軽視されることによる役割低下などを懸念する声や,自著のリクエストなど制度の悪用も見られたという。今後の課題としては,許容する図書の基準や重複点数の再検討などが挙げられている。

書店側の反応もよく,満足度は80.6%であった。その理由は,利用者の増加,売上の増加,他の図書の購入などにつながったなどである。一方で,図書館資料費の早期消化と選定除外基準の厳格さについては,不満を持っていた。

以上のように調査から,課題はあるものの,仕組み自体は成功しているようである。この制度の日本への示唆を考えてみたい。まず,確認しておかなければならないのは,図書館の資料費は一定であることである。したがって,この仕組みを導入したとしても図書館の収集にかかる予算に変化はない。日本の場合,通常,入札をかけて年度単位で図書を購入している。その際,もともと地元の書店と契約することになっていれば,地元に落ちる金額に変化はない。書店組合の場合も同様である。ただ,落札できなかった書店,入札に参加しない書店にとっては売上げを伸ばすことにはつながる。これらは,自治体ごとに状況が異なることから導入のメリットもそれに応じて変化する。

図書館にとっては影響は大きい。課題としてあげられていたように,ベストセラーへの申請集中などは危惧される。また,入札などで契約をする際,善し悪しは別として,現状,定価より安く購入したり装備費を含めて購入したりしている。また,MARCも必要であり,これらのことからサービス導入により,一定のコスト増が見込まれる。これまでも選書ツアーなどが行われてきたが,それと類似した課題が生じうる。また,電子書籍におけるPDA(Patron-Driven Acquisitions)の仕組みなどと構図は似ている。近年,書店への支援が求められる中で,即効性が期待できる興味深い事例ではあるが,考えるべき課題も多い。

  1. https://current.ndl.go.jp/car/32051 ↩︎
  2. https://doi.org/10.4275/KSLIS.2022.56.2.083 ↩︎