ソウル市内にある西大門図書館に行ってきた。教育庁系の図書館の一つで,鞍山の近くにある。昔の多摩市立中央図書館のように,山を登ってやっとたどり着く図書館である(行き方による)。設立は1986年で,公共図書館の中では,比較的古い。ソウル市の教育庁系図書館は分担収集をしており,この図書館は「日帝資料」を収集している。しかし,開架されていたのは,比較的新しい韓国語の資料で,歴史的な資史料を見ることができず少し期待外れだった。数々の図書館関連の賞を受賞しているようで,入口には多くの賞状が飾ってあった。これらの賞がどのくらい重要なのかは分からない。

フロア構成は,まず地下がコンビニと食堂である。昼時に訪問したところ,食事をとっている人が何人もいた。1階は,児童室,展示スペース,文化教室(2部屋),書庫などである。文化教室では,講義が実際に行われており,高齢者を中心に熱心に講師の話しを聴いていた。2階はスタッフの部屋とデジタル・視聴覚資料・逐次刊行物の部屋である。雑誌は100タイトルほど配架されている。視聴覚関連の資料貸出と視聴ブース,その奥にPCが置かれていた。実際に何をしているかを見てみるとYoutube等を見ていたり,ワードでなにかを作成していたりしていた。雑誌コーナーにはノートPCなどを持ち込める。3階は総合資料室で,多くの蔵書が配架されていた。日帝資料もここにあった。4階は閲覧の部屋である。男性用,女性用,区別無しの部屋があった。性別で分かれている閲覧席を初めて見た。
この図書館は比較的古いが,何度か小規模な改修を繰り返してきたという。このことは,ウェブページでも確認できる1。韓国では,近年,急速に図書館が整備されたため,この図書館のように古い図書館は少ない。2023年現在,設置から30年が経過した図書館は全体の約20%にすぎない。そのため,日本のように公共施設再編の動きもまだ出ていないようである。
しかし,一部で行われているリノベーションについて,文献があったので紹介したい。この文献2は,実際にリノベーションを行った事例を紹介したものではなく,実施に向けた調査を報告しているものである。手順は日本でも参考になる点があると考える。対象のA図書館は1982年に設置された教育庁系の図書館である。リノベーションの計画策定に向けては,以下の5つのステップが紹介されている。
- 現状分析
- 図書館に対する地域住民の要求分析
- 社会的要求水準の達成
- 類似規模図書館の事例検討
- 設置機関が求める役割
1. 現状分析
最初に,図書館の現状を確認している。自治体の人口を図書館数で割り,図書館が対象とする住民数を算出している。別の観点として,一定距離内の住民数も算出している。この図書館の場合は『公共図書館 建設・運営マニュアル』にしたがって半径1.5km以内の人口である。その上で,将来の人口推計や住民構成を検討し,図書館がどのようなコミュニティにサービスをするか(していくか)を明確にしている。また,周辺の公共施設の整備状況を確認し,機能の分担の可能性も検討している。施設の老朽化の程度も確認しているが,これは,日本では公共施設等総合管理計画や個別施設計画で明らかにされているものである。
2. 図書館に対する地域住民の要求分析
図書館に対して利用者がどのようなニーズを持っているかをアンケートによって調査している。アンケートの質問項目は,一般的な利用状況(利用頻度,利用目的),図書館の空間構成(よく利用するところ),改善が必要な設備,拡張が必要な空間などを尋ねている。ただし,この調査だといわゆる顕在的ニーズしか明らかにできないため,本来であれば潜在的ニーズの調査が求められる。
3. 社会的要求水準の達成
社会的要求水準は,国が示しているマニュアルを参考にしている。日本では,施設が備えるべき空間について公的な基準は存在しないが,韓国では,マニュアルが存在する。ここではマニュアル中の「公共図書館の類型別必要空間及び面積基準」が参考にされている。マニュアルに当てはめると,A図書館は,「都市型」で,「延べ床面積が1,500平米以下の小規模図書館」に該当する。マニュアルでは,資料利用空間(一般・児童),文化・教育空間,業務管理空間,共用空間(トイレ等)の面積比率が示されている。それと実際の面積を比較しており,A図書館は,文化教育空間が少なく,業務管理空間が広いことが分かった。業務管理空間が広い理由は保存書庫があるためである。
図書館政策の基本となる『図書館総合発展計画』は,これからの図書館は「資料の保存場所という概念から脱却し,本を媒介として人と人が出会い,交流し,経験する機能が求められている」と述べている(この文言は,日本の図書館計画でも出てきそう…)。そして,「文化・教育空間」の充実を求めているようである。文献ではA図書館はそうした観点からは「機能的老朽化状態」にあると述べている。基準があることで,手順に沿って検討が進められるところはよいが,その図書館の歴史的な役割,市民ニーズ,関連図書館間の役割分担など,個別具体的な状況を反映,斟酌できるのかは疑問が残る。
4. 類似規模図書館の事例検討
つぎに,類似規模の成功している図書館を参考にする。ここでは多くの図書館が挙げられているが,日本の武蔵野プレイスをはじめ外国の図書館も挙げられている。これらの図書館の分析から,開放性の強調,多目的な空間,人や活動のためのスペース,環境への配慮,アクセシビリティの向上などが必要とされている。具体的にはテラス席,ブックカフェ,屋上庭園,アトリウムなどが提案されている。また,機能に応じて空間を細分化しつつ,それらの連携性を高めることもうたわれている。蔵書については,現状の13万点を,3万点から7万点(幅がある!)に減らして,資料保管場所も大幅に縮小することが提案されている。
5. 設置機関が求める役割
教育庁のもとに設置される図書館として,設置機関の要請も踏まえることが述べられている。内容については,日本にとって参考になることはあまりないので省略する。
日本の図書館における多くのリノベーションでも,ここで述べられているようなことを確認し,修繕の計画を立てていると思われるが,図書館によっては十分な検討を経ていないものもあるかもしれない。利用者のニーズを踏まえること,外部環境から図書館に求められる役割を確認すること,先進的な類似図書館を参考にすること,設置機関の期待を踏まえることなど,必要な手順を踏む必要がある。
- https://sdmlib.sen.go.kr/sdmlib/index.d ↩︎
- https://doi.org/10.4275/KSLIS.2025.59.1.259 ↩︎