韓国における公共図書館の設置・運営に関するガイドラインとして,『公共図書館 建築・運営マニュアル』1(以下「マニュアル」)がある。このマニュアルは,文化体育観光部図書館政策企画団が刊行している。日本で言えば文部科学省の図書館・学校図書館振興室にあたる。代表執筆者は,忠清南道大学校文献情報学部のクァク・スンジン氏である。
マニュアルは全261ページに及ぶ大部のもので,頻繁に改訂されており,最新の版は2024年のものである。構成は全4章と付録からなり,内容は以下とおりである。第1章「公共図書館の建築基準」では図書館の種類や空間構成,事業費について示されている。第2章「公共図書館建設システム」では建設に向けた準備,計画,公募,建築,開館準備などが扱われている。第3章「公共図書館運営計画」では組織,人材,蔵書,サービス,予算,ISP(Information Strategy Planning)などの情報化戦略を含む。第4章「公共図書館統合デザイン」では建築とインテリア,リモデリングについて触れている。
このマニュアルは,図書館を「建ててから,運営する」までを一貫して扱っており,その記述は国の担当部署が図書館のあり方を示したという点では日本の「望ましい基準」と近いが,粒度は非常に細かい。特に,様々な箇所で数値による具体的な基準が示されている点が特徴的である。
ここでは,第3章の運営計画に関して注目される点を挙げてみたい。日本では司書が担う職務は制度的に明示されていないが,マニュアルでは司書の職務が3.1.3節で具体的に記載されている。また,日本では司書配置が任意規定であるのに対し,韓国では図書館法により配置義務が課されており,マニュアルでは改めて具体的な配置数が数値で示されている(3.1.4節)。
蔵書に関しても,日本では基準がないのに対し,韓国では人口に応じて必要な蔵書数が数値で規定されている。たとえば,サービス対象人口が5万人以上の場合は3万点以上,2万人〜5万人の場合は1.5万点とされている。さらに,蔵書は毎年10%以上増加させることが定められており,仮に3万冊からスタートすると,6年後には53,147冊が必要となることが示されている。また,蔵書が収容能力の8割に達した場合,除籍が可能とされている。
蔵書の収容能力は,図書館の面積とタイプによって示されており,たとえば地域中央館(タイプB)では,総面積のうち17.9%を一般資料に割り当てることとされている。仮に図書館の面積が2,500㎡だとすると,この17.9%にさらに係数(0.4×170)をかけて蔵書数が算出される。冊数は約30,430冊となる。児童書や幼児用向け図書も同様に計算して合算すると,40,755冊になる。日本の感覚からすると非常に少ない数値設定であるが,実際に図書館を見学した限りでは,これに近い運用がされているようである(近年設置の図書館では特に)。かつて『市民の図書館』でも数値で年間購入冊数等を示していたが,それをさらに精緻化したような印象である。
このマニュアルは,IFLAやALAのRUSAなど国際的な団体の基準や事例を参照しつつ記述されており,国際的な流れも視野に入れたガイドラインとなっている。また,図書館利用に障害のある人々として,障害者,低所得層,多文化利用者,農漁村住民を設定し,そうした人々を「知識情報脆弱階層」という表現で類型化した上で,積極的なサービス対象としている点も注目される。
予算に関しては,自治体が責任を持つことが原則とされており,人件費に全体予算の45〜55%を充てることなどが推奨されている。2024年の予算も掲載されており,自治体設置の図書館は1館あたり人件費込みで約1億円程度で運営されている。そのうち資料費は約880万円程度とされており,比率がかなり低い印象である。
また,ISP(Information Strategy Planning)の策定を求めている。ISPとは情報化に関する総合的な計画であり,これを図書館の方針,空間デザイン,運営計画と統合・連携させることを重視している。図書館の方向性や施設と,情報化の方向性を一体化させることを求めているわけである。
ここでは,主に第3章を中心に見てきたが,マニュアルは非常に詳細で,図書館建築や運営を具体的な数値で示す内容となっている。内容は国内事例に限らず,海外の基準や実例にも目配りされており,非常に充実している。日本では,このような統一されたマニュアルは存在しておらず,各自治体や図書館が先進的な図書館などを参考にしながら建設・運営しているのが現状である。一方で,韓国のように詳細に記述されたマニュアルがあることによって,その枠組みから外れる建設や運営がしづらくなる側面もあるのかもしれない。
- https://lib-bldg.clip.go.kr/html2016/data/download.asp?idx=249 ↩︎