韓国公立図書館の条例

韓国の法律と制度の続きで,ここでは韓国における公立図書館の条例を整理しておく。今回の滞在中に訪れた図書館はソウル市内のものだったが,ソウル市は道(どう)と同じレベルの特別市であり,特殊な自治体であることから,ここではその周辺自治体である京畿道およびソウル市の南の城南市の条例を取り上げる。京畿道は日本で言えば県に相当する広域自治体であり,城南市はその基礎自治体のひとつである。

まず京畿道である。京畿道はソウルを取り囲むように位置し,道として「京畿道図書館および読書文化振興条例」1を制定している。第1章では,目的,定義,道知事の責務が規定されている。第1条では,図書館法および読書文化振興法を根拠法とすること,住民の文化の発展と生活の質向上を目的にすることを述べている。「文化の発展」は図書館法第1条の目的と一致する。第2条では「読書文化」「サイバー図書館」「知識情報脆弱階層」などの言葉が定義されており,第3条では道知事の責務について記載している。

第2章では,道内図書館のバランスある発展,知識情報格差の解消,読書文化の振興を審議する機関として「京畿道広域図書館委員会」を設置することを定めている。委員長は副知事,副委員長は代表図書館の館長とされ,議会の議員や図書館分野の専門家を委員として構成している。会議は年1回開催される。自治体の重要な関係者がメンバーであることが分かる。

第3章では,「京畿道代表図書館」の設置と運営について定めている。図書館法では広域自治体に代表図書館の設置を求めており,条例ではその設置・運営,業務を示している。業務としては資料の収集・整理・保存・提供,地域図書館の支援,協力事業の実施などである。これらは日本の都道府県立図書館と大きく違わない。また,「図書館運営委員会」の設置も規定されている。これは,域内の図書館施策を確立し,サービスを体系的に支援するためのものである。

第4章では,サイバー空間を活用した図書館サービスの提供のため,「京畿道サイバー図書館」の設置と運営が定められている。第5章では図書館の支援に関する事項が扱われており,図書館法第14条に基づく「図書館発展総合計画」の年度別施行計画の策定と実施が定められている。また,生活圏域への図書館設置の努力義務や図書館運営の予算支援,共同保存等の図書館間協力,知識情報脆弱階層へのサービス提供の支援も含まれている。ちなみに,図書館法では図書館運営費は自治体の一般会計からまかなうことが規定されている。

第6章では,読書文化振興に関する年度別施行計画の策定とその推進,読書活動への支援や読書専門家の養成について触れている。第7章では,委託,公共図書館の運営評価,褒賞,職員の専門性強化,施行規則など補則が記されている。道知事による年1回の図書館運営評価が義務づけられている点が特徴的である。

全体として,広域自治体としての制度的枠組みが明確に設けられており,京畿道広域図書館委員会や代表図書館の設置,国の計画に基づいた年度別施行計画の策定など,日本とは大きく異なる制度となっている。日本の図書館制度と比較すると集権的な性格が強く,行政によるコントロールの度合いが高いように見える。広域図書館委員会や代表図書館が図書館の制度的枠組みの中でどのような位置づけにあるか,少し古いが文化体育観光部図書館政策企画団担当官による図があったので備忘のために載せておく2

次に基礎自治体の条例について見てみる。対象としたのは「城南市図書館運営および読書文化振興条例」3である。第1章では目的,名称と所在地,定義,業務が規定されており,目的などは京畿道の条例とほぼ同様である。

第2章では,図書館の運営・管理の委託について記載されており,「図書館の運営・管理の全部又は一部を教育機関,法人,団体又は個人に委託することができる」とされている。委託の詳細は不明であるが,日本で一般的な企業への委託は含まれないはずである。その他,委託後の監督義務,受託者の義務,損害賠償なども定められている。委託について条例で規定しているのは,日本の図書館で指定管理者について規定しているのと類似している。議会マターということである。

第3章では貸出に関する規定が置かれており,延滞者への制限,資料の弁償,除籍のルールなどが含まれている。これらの多くも日本の条例・規則と大きく異ならない。その中で,資料の廃棄については,年間,蔵書の7%以内と具体的数値が示されている点が興味深い。これは図書館法施行令別表7に基づくものである。

第4章では図書館運営委員会の設置が定められている。図書館の効率的な運営を目的としており,委員は文化教育領域及び図書館に関する専門知識と経験が豊富な人から選ぶこととされている。また,性別構成についても配慮が求められ,委嘱する委員の6割を超えて特定の性別にならないようにする必要がある。こうした規定は他自治体でも同様のものが見られた。自治体によっては委員を公募しているところもあった。日本の図書館協議会に近いものかもしれない。第5章は読書文化振興に関する取組が規定されており,各種取組や「読書文化振興委員会」の設置,読書月間の行事などが挙げられている。基礎自治体レベルの条例は,一部で日本の条例と異なる部分もあるが,顕著に異なるところはないようである。

全体を通して見ると,日本と共通する部分もあるが,県レベルの京畿道の条例に見られた代表図書館や広域図書館委員会の設置,年度別施行計画の策定などは,日本には見られない仕組みである。韓国では,図書館の登録制度もあり,戦前の日本の制度的構造に近い形で運用されている印象がある。こうした制度が実効的に機能しているのかどうかについては,改めて検討が必要であろう。

  1. https://www.law.go.kr/LSW/ordinInfoP.do?ordinId=2150376 ↩︎
  2. https://www.clip.go.kr/download/BASIC_ATTACH?storageNo=2949 ↩︎
  3. https://www.law.go.kr/LSW/ordinInfoP.do?ordinId=2081574 ↩︎