台湾では,日本と比べて図書館の電子書籍利用が活発である。全国的な統計によれば,2024年における台湾全体の一人あたりの電子書籍の貸出点数は0.85である1。一見すると少ないが,東京都の貸出点数は0.06(東京都公立図書館調査・令和6年)であり2,台湾はその10倍以上である。その仕組みについて,台中市の事例をもとに見てみる。ここでは,自治体の提供状況を見るが,国立の公共図書館である国立公共資訊圖書館は4.6万タイトルを提供するなど,ここでは触れないサービスがあることに注意が必要である。
台中市であるが,一人あたりの電子書籍貸出点数は1.01であり,全国平均より高いが特別に多いわけではない。図書館では,主に以下の4つの電子書籍プラットフォームを提供している3。HyRead ebook,udn讀書館電子書平台,華藝中文電子書平台(iRead eBooks),台灣雲端書庫である。なお,ここでは電子雑誌や児童向け・英語学習用のサービスは除外している。これらのプラットフォームは,買切(買断)と利用回数に応じて支払うレンタル(計次)の2方式で契約し提供している。買切は,図書館がライセンスを購入し,ライセンス数に応じて提供する方式である。人気タイトルでは100人以上が予約待ちをしているケースもあり,利用希望が集中すると利用者は待たなければならない。一方,レンタル方式では,利用者が閲覧した時点で図書館が費用を支払う方式であり,待機は生じない。出版社からすると,新刊書や人気タイトルは買切で提供した方が紙の書籍販売への影響も少ないとされ,そちらを選ぶ傾向にあるようである。
なお,上記プラットフォームのうち,udn讀書館電子書平台を除いた3つは買切・レンタル(「計次借閱」)の両方式で契約している。タイトル数はレンタルの方が圧倒的に多く,たとえばHyRead ebookでは買切が約1万タイトル(複本含めて約4.2万点)であるのに対し,レンタルは10万点以上である。他のプラットフォームも同様の傾向であり,台中市の図書館全体で提供可能な総タイトル数は20万点を超える。ちなみに,HyRead ebookはAmazonのKindleのような電子ペーパーのデバイス(HyRead Gaze)を提供している。
図書館が支払う方式も異なる。買切ではタイトルごとに支払額が決まる。一方,レンタルは先ほど述べたように利用時点で課金される。以前は予算の制約があり,貸出可能点数の制限があったが,2023年以降,国の文化部が補助金を拡大し,予算枯渇による制限は解消された(文化部の関連サイトはこちら4)。この補助制度では,自治体のレンタルの提供実績に応じて文化部が補助金を支出する。補助額は2024年はおおむね1億台湾ドル(4.37億円)である。直轄市の場合は最大で購入額の2倍,県市の場合は最大9倍のポイントが支給される。ここでいうポイントはレンタルの貸出回数である。ただし,補助金には条件があり,通常の図書購入を定価の70%以上で行うことである。日本でも再販売価格維持制度があるにも関わらず,図書館が書店から仕入れる際,値引きや装備の付加などが入札時に条件とされ,定価購入がなされないことが多いが,台湾ではこれまでそれがより顕著であった。したがって文化部の支援は,図書調達の「適正化」と出版産業支援を目的とした取り組みでもある。レンタルに対する文化部の補助金は,自治体にとって不可欠で,こうした補助がなければ,図書館現場では現行のような体制での提供継続は難しいという指摘もあった。
図書館は,レンタルの場合,1回の電子書籍貸出につき12台湾ドル(約52円)を支払っている。そのうち3台湾ドルがプラットフォームへ,9台湾ドルが出版社と著者に分配される。台湾では2020年以降,公貸権(公共貸出権)制度が試行的に導入されているが,これまで申請手続の煩雑さに対する補償金の低さが問題となっていた。電子書籍利用に対する補助金は,その一つの解決策とされている。
台湾の図書館では,利用登録において当該自治体の居住を条件としていない。しかも,利用者は利用券をオンラインで登録することができる。また,「一証通」(ワンカード)という仕組みがあり,自分の利用券を全国の図書館利用の際,そのまま利用することができる。したがって,台中市の市民が,台北市や高雄市の電子書籍を利用することが可能であり,読書好きの市民にとっては図書の選択肢が広がる。
ただし,この仕組みには制度の悪用に対する懸念も生じる。たとえば,出版社やその関係者が自社の電子書籍をプログラムを使って多く借用することで,不正に報酬を得ようとするケースである。こうした問題に対処するため,2025年からは利用制限が強化され,1ヶ月あたり10冊まで,かつ同一プラットフォームから同一図書を最大4回までとする等の制約が設けられた5。
日本の図書館における電子書籍提供について,多くの課題が指摘されてきた。プラットフォーム提供のタイトル数が少ないこと(改善されたという意見もある),ライセンス料が高額であること(利用可能期間が限定も),そしてその結果,図書館が提供できる電子書籍が少なく,かつ魅力あるコンテンツが少ないこと,などであろうか。これらの課題の多くは結局のところ,著者,出版社側に図書館に提供することのインセンティブがないことも一因といえる。著者,出版社にとって,図書館での電子書籍サービスから収益を上げることができるようになれば,提供タイトル数も増え,利用者の拡大にも寄与するかもしれない。
問題は,いかにしてそのインセンティブを制度的に設計するか,という点にある。住民の読書への利便性を高めるとともに,文化政策の一環として著作者の創作活動を支援し,それを通じて文化全体を支えるというロジックのもと,政策的な介入(電子書籍貸出への公的資金導入)がなされるのであれば,日本でも状況は変わるかもしれない。その意味では,台湾の事例は参考になるが,国の関与がない限り,自治体単独でスキームを作り予算を支出していくのは困難であろう。なお,台湾の取組みも始まったばかりであり,制度として安定したものとはいえない。今後の動向が注目される。