台湾では,2020年に公共貸与権(公共出借權)が試験的に導入された(第一段階)。そして,一部を修正して,2025年以降も継続されることになった。この制度は,国立国会図書館の『カレントアウェアネス』でも紹介されている1。日本でも2000年以降,公共貸与権がたびたび議論されてきたが,制度化には至っていない。以下では,私の理解の範囲内で,台湾におけるこの制度の概要と2025年から実施される新たな点について,稲垣2による整理の枠組みを参考にしつつ,行政院公報3に基づいて簡単にまとめる。以下,「目的」から順番に述べる。最後に,この制度を日本に当てはめた場合の乱暴な試算もしてみた。なお,稲垣は2020年の台湾の制度についても概説している。
1. 目的
制度の目的は,「公共図書館の核心的な価値を実現する」ことと「文化創造力を促進する」ことにある。つまり,「知識の普及と創作の奨励を並行して推進」するものである。図書館の貸出に対して,著作者の権利を保護するために補償金が創作者に支払われるとも述べられている。
2. 根拠法
文化基本法第7条2項が制度の根拠である。同条では,「国家は、創作者の権利を保護し、創作者の利益、産業の発展および社会公共の利益を調和させ、文化の発展を促進すべきである」と規定している。ただし,「公共出借權」という用語自体は法律に明示されているわけではない。今回の制度もパイロットプロジェクトの第2段階と位置付けられている。主管機関は文化部で,協力機関は教育部である。
3. 補償金の算定基準
補償金の算定は貸出回数を基準とする。1回の貸出につき3元(新台湾ドル)が支払われる。日本円では,1元4.5円で計算すると13.5円になる。ただし年間30元未満の場合は支払われない。補償金の配分比率は著作者70%,出版社30%である。
4. 権利の対象者
対象は著作者および出版社であり,著作者は台湾人であることが必要である。また,ISBNセンターに登録されていることも条件である
5. 公貸権の性格
稲垣にならうと報酬請求権に位置づけられると考えられる。補償金を受けるには事前の登録が必要であるが,第一段階の登録をすでに済ませている場合,再登録は不要である。
6. 対象施設
対象施設は公共図書館であるが,範囲が変更された。従来は国立公共資訊図書館および国立台湾図書館のみであったが,今回は国立公共資訊図書館と直轄市立図書館になった。報道によれば,これにより全国の貸出量の約80%がカバーされるという4。
7. 対象資料
対象資料はISBNが付与され,図書館法に基づき法定納本された紙の図書である。今回,新たに法定納本制度と関係づけられたことで手続きが簡素化されたようである。なお,電子書籍については,このプロジェクトとは別の枠組みで補助が行われていることはすでに書いた。
この制度への出版界の反応は報道を見る限り辛口である5。以前より,補償金が少ないことが課題とされてきた。そもそも制度初期には1,000万元(4,500万円)の予算支出が見込まれていたが,実際の執行額は40万元にとどまったとの報道もあった。権利者からすると,複雑な手続きを経て登録したにもかかわらず,補償金が低額だったわけで批判も出た。2022年の数値が具体的に報道されているが,92の出版社と1,183人のクリエイターに対して合計で299,235元が支払われたという6。一人あたりに換算すると約252.9元(1,100円程度)に過ぎない。2025年からは直轄市の図書館の貸出回数も集計されることから,予算支出が大幅に増えることが予想される。ただし,それでも個々の著作者に届く補償金は決して多くはないと想定される。
日本では近年,制度化の議論が停滞している。ここでは日本の状況を踏まえた上で,台湾の制度をそのまま導入したとして,補償金を乱暴に計算してみよう。私が調査した非常に貸出の多いある都下の図書館では,所蔵期間が20年を超える図書の貸出回数の平均は30回であった。これは,ある図書が所蔵されると,その図書は長い年月を経て平均30回程度貸し出される,という意味である。実際には,貸出は出版直後が多く,10年後にはほとんど借りられなくなるという傾向がある。
ここでは,10年間で30回貸出されると仮定しよう。全国の公立図書館は約3,300館だが,図書館設置自治体数は1,300程度である。仮に500の自治体が図書を購入したと想定する。これは専門書ではなく,かつ新書ほどの売り上げはない通常の一般書を想定した数である。算出式と結果は以下の通りである。
13.5円 × 30回 × 500館 = 202,500円(10年間)
→ 年間換算で20,250円
→ 著者の取り分(70%)は年間14,175円
このように,決して大きな金額にはならない。台湾でも指摘されていることだが,ベストセラーは補償金が高くなる。しかし,そうした作品の著作者には印税収入も多くあるが,そうではない「良質」な図書の著作者や,そうした図書の出版社に対する支援もしっかり行う必要である。公貸権も,文化の発展を支える意義ある制度として設計することが求められる。なお,制度導入にあたっては,補償金の支出を国が担うように制度設計することは不可欠であることを付け加えておきたい。地方自治体が支出するとなれば,図書館の資料費から支出することとなり,図書購入費は減少し,結果として制度の意義を損なうことになる。
- https://current.ndl.go.jp/car/251905 ↩︎
- 稲垣行子. (2021). 公貸権制度の動向. 比較法雑誌, 55(3), 83-107. ↩︎
- https://gazette.nat.gov.tw/EG_FileManager/eguploadpub/eg031070/ch05/type2/gov46/num11/Eg.pdf ↩︎
- https://udn.com/news/story/7314/8687403 ↩︎
- https://www.cna.com.tw/project/20211222-public-lending-right/?utm_source=chatgpt.com ↩︎
- https://depart.moe.edu.tw/ed2400/News_Content.aspx?n=15388506A60ACB81&s=9A96AF53342391D0 ↩︎