クラシンスキ公園の共和国宮殿(Palace of the Commonwealth at Krasiński Square)
クラシンスキ公園にある共和国宮殿に行ってきた1。建物自体は17世紀後半に建てられたもので,第二次世界大戦時に破壊されたものの,戦後,再建され,長く最高裁判所として使われてきた。2024年に改装され国立図書館の貴重資料を展示している。この日は,たまたま「プトレマイオスの地図」の公開が18時以降にある日だった。そんなことはつゆ知らず,午後早くに行ってそのまま帰ってきた。知っていれば時間を合わせたのに! 建物にはたどり着いたが,入口が分からない。一周したが,可能性としてはここしかない,というところまではたどり着いた(写真右側の中央の扉)。なぜここが入口に違いないかといえば,開館時間が小さく掲示されているからである。そして,現在は開館時間中である。思い切って,大きな扉のドアノブを押してみると開いた。やっぱりここだったのだ。中に入ると,カウンターの人から「荷物は地下に。クロークもある」と言われ地下へ(ロッカーは中のコインを入れて鍵をかけるもの)。1階(ground floor)は,中世のマニュスクリプトやインキュナブラ,地図などが展示されている。マニュスクリプトには成立時期が10世紀のものもある。インキュナブラの中には色鮮やかな絵が描かれているものがある。他にショパンホールがあり,ショパンの楽譜などが展示されていた。感心したのは,展示方法である。室内は基本的にとても暗く,展示ケースは,人が近づくとライトが点灯する仕組みになっている。資料を大事にしていることが伝わってくるし,資料が「本物」であることも分かる。キャプションは簡単だが,すぐ横にあるディスプレイで,詳しい説明を読むことができる。ポーランド語と英語の両方で表記されている。来場者はそれほど多くなく,じっくりと時間をかけて鑑賞できる。あとで,公式サイトで解説を読むと,コペルニクスの著作『天球の回転について』(初版)や,クシシュトフ・コメダによる『ローズマリーの赤ちゃん』(ロマン・ポランスキー監督)の楽曲のスケッチなどもあった。 2階(upper floor)にはLiterature Hallがあり,キュリー夫人の手紙や,ナチスに協力したポーランド人の文書などが展示されていた。時代も形態もテーマも多様だが,国家が所有する貴重な文化財をこのように公開することは,まさに国立図書館に求められる役割なのだろう。場所,施設,資料,展示方法,すべてにおいてオーセンティックなものを感じられた。


シフィルドミェシチェ地区 成人・青少年貸出施設 53,児童青少年図書館 10(Wypożyczalnia dla Dorosłych i Młodzieży nr 53, Biblioteka dla Dzieci i Młodzieży Nr 10)
ワルシャワはマゾフシェ県の県都で,人口は約180万人である。市内は18の地区(dzielnica)に分かれており,各地区がそれぞれ公共図書館を設置し所管している。ワルシャワの図書館の特徴としては,図書館の数が多いこと,そしてそれぞれが比較的小規模なこと,である。さらに,図書館間の距離はとても近い。少し歩けば別の図書館が見つかる。図書館の名称も特徴的である。日本では自治体名や地名がつくのが一般的だが,ワルシャワでは「利用対象者+番号」の図書館名が多く見られる。共産主義時代の名残であろうか。開館時間も独特である。地区によって異なるが,基本的に日曜日は閉館している。土曜日も図書館によっては短時間しか開館していない。閉館しているところもある。
第53貸出施設は「シフィルドミェシチェ」地区にある。ワルシャワ中心部で,面積は15.5平方㎞,人口は約10万人であり,図書館数は18館である。面積は東京23区でいうと中野区とほぼ同じである(中野区の図書館数は7館)。建物の外壁には大きく「BIBLIOTEKA PUBLICZNA」と書かれている。建物は図書館として建てられたわけではなく,既存の建物に入居している。月曜日の午前中に行った。入口を入ると,右手には図書の交換コーナーがある。ここでは,常に誰かが立ち止まって図書を選んでいた。人気のコーナーである。館内は3フロアに分かれている。1階のフロアは高齢者を中心にひっきりなしに利用者が出入りしていた。フロアはいずれの階も狭く,1階と2階は書棚がたくさんあり,書棚の図書もぎっしりである。椅子は書棚の中にいくつか配置されている程度であり,基本的に「貸出中心」の図書館である。職員は各階に配置されており,利用者は階ごとに手続きを行う。図書には保護のためにビニールカバーがつけられている。出版年を見ると最新のものから1990年代のものまで見られた。
1階は文学書が中心で,ポーランド文学と英米文学が多い。日本文学も1.5段ほどあった。2階も大人向けの図書である。全体に読みもの中心の蔵書構成のように感じた。3階は児童・青少年向けのフロアである(第10分室)。訪問した時間はちょうど学校の授業中だったためか利用者はいなかった。このフロアの展示はかなり力が入っていた。壁にイラストや漫画の吹き出しのようなものが描かれている。日本のコミックは2つの棚に並べられており,近くにはアメリカンコミックスも置かれていた。それ以外の蔵書の多くは読み物で,#booktokコーナーもあった。DVDやボードゲームのコレクションも充実している。このフロアにはテーブルや簡単なソファーも設置されていて,少し落ち着ける空間になっていた。
この図書館には「漫画クラブ」があり,金曜日の16時から18時半まで活動している。漫画を描いたり,日本について語ったりするようで,ポスターには日本のコミックのキャラクターが描かれていた。案内には「漫画や日本文化に情熱を持つ人募集」と書かれている。ワルシャワに日本文化に関心のある若者がそんなにいるのか少し不安になる。そのほかにも,火曜日はボードゲーム,水曜・木曜は読書ワークショップなど,定期的なイベントが開催されていた。図書館は身近にあり,コンビニに行くというレベルである。そこでは,わざわざ座らずとも,資料を借りたら,そのまま自宅に持ち帰って読むというスタイルが定着しているのであろう。






ヴォラ地区 外国語資料貸出施設 115 「ポリグロトカ」 Wypożyczalnia Zbiorów Obcojęzycznych nr 115 – “Poliglotka” (Biblioteka na Woli)
さきほどの図書館と直線距離で約850メートルだが,地区は異なり,こちらはヴォラ(Wola)地区の図書館である。ヴォラ地区は,約20平方キロメートルの面積で,人口は約15万人である。地区内には12館の公共図書館が設置されている。図書館はワンフロアである。大きな建物の1階に入っている。こちらも,既存の建物の一部に入っている。近年,リノベーションしたとのことであった。地域で,館内のデザインについて検討したそうで,全体に新しくて洗練された雰囲気である。入口を入ると左側にカウンターがある。机は本を積み重ねたように見えるデザインで,図書館らしい。カウンターの手前にはDVDやオーディオブックが並んでいる。入口の前には壁をくりぬいたようなソファーがあり,おしゃれな雰囲気である。窓際にはパソコンが2台置かれており,訪問時には利用者がいた。少し奥に進むとテーブルがあり,その上にはリサイクル素材で作られた木のオブジェが置かれていた。テーブルには葉っぱの形をした紙が用意されており,両面テープでオブジェに貼れるようになっている。これらは地域のボランティアによるものとのことであった。奥には子ども向けの図書が並んでいる。コミックコーナーもあったが,冊数は少なめである。日本のコミック『付き合ってあげてもいいかな』があった。文学コーナーには『ペルセポリス』が面陳されていた。奥には,お話の部屋がある。ドア付きで,お話会実施時には閉めることができる。床には絨毯が敷かれ,子どもが靴を脱いでリラックスできる。この図書館は,外国語資料に力を入れている。ここでいう外国語資料は語学学習のための資料である。蔵書は赤いソファが置かれたコーナーに置かれていた。一番多いのは英語で,日本の図書館同様,グレード別の多読用図書などもあった。英語以外では,スペイン語,フランス語,ドイツ語,イタリア語などのヨーロッパ言語が中心であった。それ以外の言語も少数だがあり,日本語もあった。ポーランド語を学ぶ資料もある。英語は一番人気だが,最近はスペイン語の人気が高まっているという。ワルシャワの図書館は,基本的に小規模である。そのため,全体が小規模な金太郎飴図書館になってしまうリスクがある。そこで,この図書館のように,特定分野を重点的に整備することで,図書館システムの中で蔵書に深みを持たせているのであろう。とはいえ,外国語資料だけに特化しているわけではなく,児童書や一般書も置かれており,その点では地域住民一般にもサービスしている。






ヴォラ地区 児童・青少年図書館 “コミクソヴォ” 21,青少年閲覧室 12,科学閲覧室 3(Biblioteka dla Dzieci i Młodzieży nr 21 – “Komiksowo” , XII Czytelnia Młodzieżowa, Czytelnia Naukowa Nr III)
これまで行ったワルシャワの図書館の中でも大きめの図書館である。「ポリグロトカ」からは,直線距離で400メートルほどである。上と同じヴォラ地区である。それにしても,ポーランドの図書館は,「このドア,空けて大丈夫?」と戸惑うことが多い。職員専用の部屋が開けっぱなしで,間違えそうになったこともある。1階は文学資料が中心で,特にポーランド文学と英米文学が豊富である。日本文学も1.5段ほどあり,有川浩,遠藤周作,村上春樹などが目についた。そのほか,DVDやオーディオブックもある。図書の装備は,全面にブッカーをかけるのではなく,表紙の角や背表紙だけにブッカーをかけるような簡易なものである。2階は青少年向けの閲覧室である。ここでは複数の棚で日本のコミック(MANGA)が排架されていた。本家,日本では,公共図書館でのマンガ収集は抑制的であるのに対して,世界中で漫画がこれほどまでに提供されているなんて。近くにDCやマーベルといったアメコミもある。コレクションの中心はYA向けの読みものである。ただし,ヴァージニア・ウルフのような作家の本もあって,よく考えられていそうだった。奥にはテーブルがあり,ワークショップなどの活動もできる。3階は大人向けの一般図書が排架されているとともに,閲覧スペースが大きくとられていた。これまでに行った図書館の中では,閲覧スペースは最も広い。座席数は24席で,訪問時,半分弱が埋まっていた。ポーランドの閲覧席で興味深いのは,図書館職員が対面の形で座っている配置である。利用者としては緊張しそうである。






ワルシャワ国際ブックフェア
生活に必要なものを買いにワルシャワ中心部へ。文化科学宮殿の近くを歩いていると,あちこちのテントの前に長蛇の列ができている。アイドルの握手会のようである。ポーランドにもアイドル文化があるのかしらんと思って見ていると,並んでいる人にはおじさんやおばさんもいる。ブックフェアだった。このブックフェアは,5月15日から18日まで開催されている2。出版社のブースが並び,ワークショップやフォーラム,著者のサイン会が行われていた。行ったのは平日午後にもかかわらず,非常に盛況である。サイン会では著者と直接話をしたり,サインをもらったり,写真を撮ったりできる。これが先ほどの長蛇の列であった。今日のワルシャワは昼でも7度である。小雨まで降っている。一番並んでいたのはLauren Robertsというアメリカの作家であった(左の写真。列は一番遠くのテントまで続いている)。残念ながら知らない。今回のブックフェアは韓国がメインゲストになっている。昨年のハン・ガン氏のノーベル賞受賞がきっかけのようだ。開催には駐ポーランド韓国文化院が関わっている。恐るべし韓流パワー。韓国関連のプログラムは別会場で行われており,作家交流会,サイン会,映画,音楽コンサートなどが開催されている。そちらは見ていない。ちなみに,サイン会の中に日本人作家はいたのかもしれないが,ざっと見た限りでは見当たらなかった。このイベントは,ポーランドの歴史文化財団(The History and Culture Foundation)が主催しており,年間を通じて複数のブックフェアを開催している。総入場者は26万人にのぼるという。図書館との関連性は薄いが,国立図書館が後援に名を連ねている。また,プログラムには「図書館にどんな漫画があるか」といった企画も見られた。こうしたイベントは,基本的には読者の裾野を広げる上で重要である。また,海外から見たときにはコンテンツ産業の展開にとって貴重な機会である。会場にはコミックコーナーもあり,日本のコミックも多く展示されていた。ただ,韓国や台湾と異なり,アメコミもかなり人気があるようだった。「Hanami」という出版社のブースは3,ラインナップが渋めでしばし立ち止まってしまった。『イサック』『ヴィンランド・サガ』『子連れ狼』『神々の山嶺』『オールドボーイ』『BILLY BAT』『20世紀少年』など,大人向けのコミックの翻訳出版を手がけていた(真ん中の写真は近くの別の出版社のもの)。『ヴィンランド・サガ』はポーランドでもNetflixでアニメが放送されたそうで売り上げは好調とのことだった。出版社の方と話すと,夫婦でやっている出版社のようで,日本語もとても上手だった。大学で日本語を勉強していたそうである。こうして日本のコミックをポーランドに紹介してくれる存在は,貴重である。



ラシン町立図書館(Gminna Biblioteka Publiczna w Raszynie)
ポーランドはまだ寒い。昼間でも10度ほどしかないときがある。雨も多い。滞在先から近いラシン(Raszyn)の公共図書館に行った4。ラシンはマゾフスキー県プルシュクフ郡に属している。ワルシャワ郊外に位置し「グミナ(gmina wiejska)」と呼ばれる基礎自治体(その中でも少し田舎)である。
ラシンの図書館システムは本館と分館の2つがあり,今回行ったのは本館である。ラシンの人口はおよそ2.3万人で,図書館の規模も小さい。上位政府との関係だが,ラシンの図書館規則には,プルシュクフ郡とマゾフスキー県の図書館が図書館の業務に関する専門的な監督(nadzór merytoryczny)を行うとされている(第4条2項)5。どのような監督をするのかよく分からないが,日本とは大分異なる。2024年12月時点の蔵書は2館合わせて36,163点である6。図書館は1階建てで,他にアルコール依存症などの家族を支援する協会の事務所やその相談窓口も入っている。
図書館の入口を入ると,カウンターまで20メートルほどの通路がある。そこでは「5月のブックフェア」と銘打たれ多くの図書が平置きされていた。見ていると日本で出版された三浦太郎『TOKIO』が置かれていた。どこかで同姓同名の人を見た記憶が….. 。読書関連の取組としては,ポーランド全体で行われている「1年間に52冊読もう」という読書推進活動にも図書館として参加している。読む図書のリストを作成する用紙を図書館で配布していた。左手には貸出用のボードゲームがずらりと並んでいる。翌週には「ボードゲームの夕べ」が開催される予定である。右手にはPCが3台,タブレットも3台設置されていた。カウンター手前の左側には雑誌コーナーと集会室を兼ねた部屋があった。カウンターは珍しい円形で,2名の職員が座っていた。平日午後に行ったが,来館者はそれほど多くなく,閲覧者は2名だった。
人事制度だが,先ほどの規則によると図書館長はラシンの首長が任命し,職員の採用等は図書館長の権限である。職員は分館を含めて8名で,採用に際しては担当職務に適した資格が求められるとされているが,詳細は不明である。日本,韓国,台湾のように公務員の採用試験には組み込まれていないようである。2024年の予算を見ると,紙の図書の購入費が39,928PLN(約159.7万円),電子資料アクセス費用が18,794PLN(約75.1万円)で,電子資料が図書費用の半分近くを占めている7。図書館は,ビル&メリンダ・ゲイツ財団,ポーランド・アメリカ自由財団,国立図書館,Microsoft基金など,様々な助成金に申請を出している8。先ほどの,タブレットもそうして整備している。貸出は5冊まで,期限は30日で,延滞料金は1日0.10ズウォティ(約4円)である。1年間に実際に利用した利用者は2024年は3,156名で,本館の来館者は50,105人である。分館を合わせて貸出点数は56,805点であり,貸出密度は2.47である。来館者数と貸出数がほぼ同じであった。
一般書や文学書は6~7段の書棚に排架され,書棚上部にはランプが設置されている。図書にはカバーがかけられており,請求記号のほかに著者名や書名が大きく貼られている。このため図書の識別がしやすい。文学書には国名の略記されているが,国ごとの排架にはなっていない。著者記号Mのところを見ていると村上春樹の作品が多くあり,OPACで検索するとオーディオブックを含め31点所蔵していた。日本の小説(powieść japońska)は約50点ほど所蔵しており,最近のものとしては『コンビニ人間』があった。また,小川洋子の著作が比較的多く所蔵されていた。
児童・青少年向けのコーナーは入口右手にある。絨毯が敷かれた絵本コーナー以外に,年齢ごと(7〜11歳,12〜15歳,16歳以上)に細分化されていた。ここには,ウクライナ語の資料も国旗と共に約200点排架されていた。公式サイトに掲載しているウクライナ関連情報のリンク集への案内も出されており,ウェブを見ると難民向けの情報やウクライナ語の図書などを見ることができる。他に,図書館ではウクライナ語のキーボード付きPCも備えられている。今日のBBCのニュースでは,大統領選を間近に控えて,ウクライナへの支援疲れが顕著になっていると報道があった。こうした取り組みが今後も継続されるのかは,よく分からない。
図書館システムはPolish Book Instituteが開発したMAK+を使っている。図書館のOPACは通常どおり公開されているが,それとともに,MAK+を用いる他の図書館の蔵書も含めたOPACも公開されている。これは台湾と似たもので,目録を集中管理し共有する仕組みから派生したものであろう。さらに,Mazowsza県の総合目録やEx Libris Alma+Primo(Primo)も導入されている。Primoは公共図書館だけではなく,学術・大学図書館なども対象としている。ただし,公共図書館の参加は大規模図書館が中心とされており,Raszynの図書館がどのように関わっているのかは分からなかった。また,そもそも公共図書館は学術雑誌を扱うことは少なく,このシステムの恩恵をどの程度受けるのかはよく分からない。図書館システム関連でみると,全般に,図書館ネットワークを介した図書館システムや書誌ユーティリティへの取組が活発である。富士通やNECなどの図書館システムを導入し,MARCを民間から購入する日本とは大きく異なる。
電子書籍サービス(オーディオブックを含む)は,Legimi,EmpikGo,Audioteka,IBUK Libraなどのサービスを提供している。利用方法だが,基本的に図書館が1ヶ月間有効のアクセスコードを利用者に配布し,利用者はその期間,自由にアクセスできる方式をとっている。これらの電子書籍サービスはもともと一般向けの有料サービスを提供しており,図書館は,そのサブスクリプションを公費で購入し,一定数を利用者に配っているという感じである。配布するコードは最大でも60件で,それほど多くない。なお,IBUK Libraは科学出版物中心の電子書籍サービスであるが,県でコンソーシアムを組んで約7,000点の電子書籍に自由にアクセスできるようにしている。また,2021年以降は国立図書館のデジタルサービス「Academica」を提供している。これは,著作権が切れていない資料も含めて館内から閲覧できるサービスである。
地元の歴史や文化を記録するデジタルアーカイブも構築しており,入口で住民に写真や文書の提供を呼びかけていた。情報を提供すると,ちょっとした景品がもらえる。システムは「ソーシャルアーカイブセンター」のOtwartym Systemie Archiwizacji(OSA)というシステムを使用している。このシステム上では,325機関がデータを公開している。語学学習サービスも充実しており,Lerniというオンラインコースを無料で提供している。対象は子どもから大人まで幅広い。語学は英語,ドイツ語,スペイン語,フランス語,イタリア語などである。
小規模な自治体だが,専門性の高いサービスを展開していること,図書館を支える基盤が重層的にありそれを活かしていること,が印象的だった。また,上記ではあまり述べなかったが,情報公開が徹底されており,透明性の高い運営もよいところである。






高雄市立図書館 総館
高雄市は台湾南部に位置する直轄市であり,人口は約270万人である。訪問当日は高雄市立図書館の政策やサービスについて図書館の方々から話を伺ったが,ここでは図書館を簡単に紹介する。各種イベントも多く実施されているが今回は省略する。高雄市立図書館は総館1館と分館60館で構成されており,総館はこれらを束ねる。場所は高雄市前鎮区にあり,台湾では珍しく行政法人によって運営されている。日本の指定管理制度と比較すると,高雄市と行政法人が密に連携をとりながら,その良さを出そうとしている印象であった。総館は地上8階建てである。基本的な開館時間は10時から22時まで(火曜日から日曜日)と長く,貸出制限も30冊と多い。図書館は寄付を集めるのに積極的で,1億TWD以上の寄付にはフロア名称が付与される仕組みになっている。建物は2014年に完成し運営を開始している。2017年には台湾初の行政法人の図書館となった。専門人材の導入,政府資金制約の緩和,財源の多様化,組織運営の効率化などが目的である。専門人材については,図書館以外の専門性を持つ職員などを積極的に採用しているという。現在は,行政法人化前から勤務する公務員と行政法人の職員がともに働いている。総床面積は3.7万㎡である。建物は特殊な建築様式により建てられていて,屋内の見通しが非常に良い。グリーンビルディングにも認定されている。バルコニーは緑化され,特に上の階からの高雄港を望む眺望も素晴らしい。高雄市では個別館の詳細なデータが公開されていたので,2024年12月時点の総館のデータを確認した9。12月1ヶ月間の利用者数は86.7万人である。1日あたり2.8万人と非常に多いが,電子書籍利用者が含まれていると考えられる。電子書籍を含めて蔵書点数は178万点であるが,図書に限定すると中国語図書が64.3万点,外国語図書が15.5万点点の計79.8万点である。外国語図書がかなり多い印象である。電子書籍の蔵書数は高雄市全体で96.2万点と,日本では考えられない規模である。電子書籍を含む12月の1か月間の貸出点数は34.3万点であり,うち中国語図書16.1万点,外国語図書2.1万点の合計18.2万点である。電子書籍の貸出は16.1万点であり,中国語図書の貸出とほぼ同じである。なお,高雄市の人口当たりの利用者数(電子書籍を含む)は比率で示すと162.35%になる(2024年)。総館に訪問したのは日曜日の午前中である。10時の開館時には入口前に長蛇の列ができており,係員が整理していた。図書館のフロアは地下1階から8階まであり,最初に受けた印象はその巨大さであった。各フロアが一つの図書館であったとしてもおかしくない。図書館内部は落ち着いた雰囲気の空間となっている。書棚では分野毎に戦前の貴重な図書がショーケース内で展示されている。館内の利用者は非常に多く,膨大にある閲覧席もほぼすべてうまっていた。利用目的の多くは図書の閲覧もあるが,生徒や学生は自習利用も多い。座席は基本的に一人用であることも特徴で,窓際を中心に設置されている。蔵書に関して,高雄市立図書館では,通常の中国語に加えて台湾語の図書も積極的に収集しているという。上の階から見学したが,7階と8階にはカップ型のアトリウムがあり,光を多く取り入れている。6階には8類から9類の資料が,5階は多文化・国際交流資料,レファレンスコレクション,青少年資料,特蔵資料などがそれぞれ開架されている。特蔵資料には四庫全書の珍本が多く開架されていた。4階は視聴覚資料や視覚障害者向け資料,高雄書と呼ばれる書棚があった。メインのカウンターは3階に設置されている。3階は特集展示がされており,書店のように複本を積み上げる形で図書が展示されていたのは珍しかった。他にも新刊コーナーや高齢者向けコーナーがあり,カフェレストランも併設されていたが,当日は休業していた。エレベーターは1階から8階まで設置されているが,省エネの観点から,一部の階のみの停止となっていた。すべての階は階段で接続されている。イベントが1階のアトリウムで開催されており,私が訪問した日は総館において「世界本の日」を記念したイベントとして,ボードゲームのイベントが開催され,多くの来場者でにぎわっていた。開館から10年が経とうとしているが,市民利用は活発であり,図書館が市民に根付いていることが伺えた。






屏東縣立圖書館 総館
行きたいと思っていた屏東縣の総館に行った。行ったのは平日の午後遅くである。図書館は「千禧公園」という公園にある。入ってまず目に入るのは,カフェと誠品書店である。この建物は,あとで建物の外から見ると,図書館とは別棟になっているようで,図書館とは通路でつながっていた。直轄市の図書館と比べると規模は小さめだが,それでも,それなりの規模である。館内には大きな窓が多くあり,外の公園の緑がよく見える。1階から3階までは吹き抜けになっており,開放感がある。窓際には一人用のソファや席が並び,ゆったりと読書や作業ができる。台中の総館ほどではないが,空間の使い方に余裕があり,落ち着いた雰囲気である。閲覧席も多く,8割ほどが埋まっていた。利用者の様子を見ていると,自習や読書,スマホを使っている人のほか,タブレットやPCでオンライン学習や作業をしている人も見られた。建物の内装やコンセプトが統一されており,非常に上品な印象を受ける。「禁止事項」などの掲示はほとんど見かけず,資料やコーナーを知らせるサインも少なく,もしかしたら利用者には分かりにくいかもしれないが,デザイン的にはよいのであろう。通路を通って図書館に入ると左手にカウンターがあり,その前には児童コーナーがある。裸足で楽しめるエリアもある。児童コーナーは図書館の規模からするとややコンパクトな印象である。入口右手には新着図書や特集コーナー,雑誌が並ぶ。特集コーナーでは母の日にちなんだ特集が組まれていた。新着図書のコーナーには2024年11月頃から2025年3月頃のものまで少し期間に幅があった。貸出禁止にはなっていなかった。上の階にはらせん状の階段でつながっている。階段の壁には,屏東文学賞の受賞作品から文章が引かれており,上がるにしたがって読めるようになっている。2階は一般書のフロアで,白で統一された6段の書棚が並ぶ。書架間隔も広く,圧迫感がない。2階と3階にはテラスがあり,訪問日は気温31度だったが,外で読書や作業をする人もいた。3階は若者向けフロアで,中央には4階に行く広い階段がある。その裏には漫画コーナーがあり,日本のコミックも数多く揃っていた。建物の「おへそ」のような空間であり,とても静かで,ページをめくる音も聞こえそうな雰囲気である。このフロアには,PCやタブレットが設置されており半分以上が埋まっていた。4階は文学書や多文化資料のフロアで,「屏東文学館」も設けられている。文学館の展示スペースでは「文学異界」という展示が行われいた。これは,屏東県を北部と南部に分け神話や民話をコミック調のイラストとともに紹介するものである。さらに,アボリジニの住居を再現した部屋もあり,地域の文化や歴史に触れることができた。他に作家を紹介する映像コーナーもあった。
この図書館が属する屏東縣は,人口約80万人で,図書館行政は県の文化局が所管している。県内には37の図書館があり,その蔵書構築の方針が「屏東縣公共圖書館館藏發展政策」(2024)10で定められている。そこから,県の基礎自治体への関わりもうかがえるので,少し紹介したい。まず,県内の協力貸出や相互貸借は2021年から全県的に実施されている。OPACでは県内図書館全体の資料を検索できる(自治体の絞り込みも可)。検索結果から他自治体の資料も予約できる。こうした運用は日本の図書館と比べて,統合度が高いといえる。県内にない資料は,全国文獻傳遞服務系統(NDDS)11や公共圖書館區域資源中心12の活用が推奨されている。NDDSを通じて,利用者は所属する図書館で複写物または資料を受けとることができる。公共圖書館區域資源中心については,台中市立図書館総館のところですでに述べた。資料の選定に際しては,全国新刊情報網(ISBN/CIP)13や全国図書目録情報網(NBINet)14などの活用を推奨している。それらからMARCのダウンロードも可能である。試みに,5月1日刊行の『臺灣政治有意思!』という図書をNBINetで検索したところ,5月7日にはヒットした。MARC作成は早い。複本については各館2点までとされている。とはいえ,全館が2点買えば,80万人で74点の複本を持てることになる。実際,近年のベストセラーの中には『原子習慣』のように県全体で36点所蔵しているものもあった。また,県内を屏北,屏中,屏南,原住民の4地域に分けた上で地域ごとに重点分野を設定している。例えば,屏南は「民俗と民謡」,原住民は「原住民文化」などが重点分野となっている。
以上,屏東縣の総館を紹介した。直轄市と比較すれば規模としては小さいが,それでもそれなりの規模を持つ図書館であった。図書館の館内は,落ち着いて洗練された空間となっていた。また,県の図書館としては,「屏東縣公共圖書館館藏發展政策」の方針から,日本の図書館と比較して基礎自治体への積極的な関与がうかがえた。






琉球郷立図書館
最近,日本の図書館情報学研究者の間で,島嶼部の図書館に対する関心が高まっている。青ヶ島村立図書館の訪問道中は(ごく一部で)有名だが,私もそれに倣い,台湾の南の端にある琉球郷(小琉球)の図書館に行った1516。琉球郷は屏東県に属し,人口は約1.2万人である。主な産業は漁業である。高雄からバスに乗って東港へ向かい,そこからフェリーで約30分で着く。船が島に近づくにつれ,海の色が急に珊瑚で青に変わり感動してしまう。島に到着すると,驚くのはバイクの多さである。船着き場にはバイクの貸出屋が並んでいる。島内には徒歩の人はほとんどおらず,「バイクに乗らぬもの人にあらず」という雰囲気である。信号もなくバイクは絶え間なく走るので,道を横断するのもひと苦労である。琉球郷の現在の図書館は1996年に開館している。蔵書数は公式サイトによると約2万冊である。日本の高等学校の図書館と同じくらいであろうか。入口を入るとすぐにカウンターがある。1階は一般的な図書館で,2階は自習室である。当日はイベントが行われており,2階には行けなかった。外は暑いが館内はひんやりとして静かである。訪問時,閲覧者は3名ほどおり,閲覧席で自習をしていた。途中,子どもと親子連れがやってきて,お母さんは子どもに小さな声で本を読ませていた。小規模ながら,多元文化コーナーや青少年専区といったテーマ別のコーナーがあった。児童向けコーナーは書棚で区切られている。蔵書は古いものもあるが,新しいものもあった。新着図書のコーナーには2025年3月に出版された図書も並んでいる。島内には書店がないようで,台湾本島の書店から取り寄せているとのことだった。棚をよく見ると,日本の出版物の翻訳書もあった。山崎亮氏の『コミュニティデザインの源流 イギリス篇』の翻訳書は2回,宮口幸治氏の『どうしても頑張れない人たち〜ケーキの切れない非行少年たち』は5回貸出されていた。文学作品では,有吉佐和子『和宮様御留』(代嫁公主)が50回以上貸出されており,Date Dueはそれ以上押せなくなっていた。人口1.2万人の自治体で50回ということは,100万人規模なら5,000回近い。たいへんな人気である。近くに,遠藤周作『沈黙』があったが,こちらはなぜか1回だった。コミックでは『鬼滅の刃』が20回近く貸し出されている一方,『スラムダンク』はあまり読まれていなかった。流行の仕方が少し違うのかもしれない。オートバイに追われながら島を歩いている中では,あまり文化を感じられなかったが,新しい図書が排架され,実際に利用されているのを見ると,図書館が島の人たちに,文化や教育,そして地域の発展の面で一定の役割を果たしていることを感じた。



- https://palacrzeczypospolitej.pl/en/home/ ↩︎
- https://targiksiazkiwarszawa.pl/ ↩︎
- https://www.facebook.com/HanamiPL ↩︎
- https://bibliotekaraszyn.pl/ ↩︎
- https://gbpraszyn.bip.net.pl/kategorie/32-statut/artykuly/123-statut?lang=PL ↩︎
- https://gbpraszyn.bip.net.pl/kategorie/24-statystyka/artykuly/162-statystyka?lang=PL ↩︎
- https://gbpraszyn.bip.net.pl/kategorie/47-2024/artykuly/161-sprawozdanie-gus-za-2024-biblioteka-glowna?lang=PL ↩︎
- https://bibliotekaraszyn.pl/granty/ ↩︎
- https://publibstat.nlpi.edu.tw/Frontend/Point/Index#tw ↩︎
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