ワルシャワ公共図書館は,ワルシャワ旧市街シルドミエシチェ地区のコシコヴァ通りにある1。通り名から「コシコヴァ」とも呼ばれている。多くのワルシャワの図書館が集合住宅などの一部としてある中,この図書館は独立した建物である。ここは,ワルシャワ市(郡と同格)の図書館であると同時に,マゾフシェ県の県立図書館も兼ねている。また,学術図書館としての性格も持っている。この図書館は1914年,kierbedz家の支援により設立された。建物は新古典主義様式で,内装は白を基調とし,格調がある。1945年1月,ドイツ軍の撤退時に放火され,蔵書30万冊が焼失した。2015年以降,2021年まで2期にわたって改修が続けられてきた2。
建物に入るとまず,インフォメーションセンターがある。そして左にロッカーとクロークがある。東京都立中央図書館のようである。規則により上着と大きな荷物の預け入れが求められている。エントランスでは展示が行われており,訪問時は「人魚」をモチーフにした図書館ロゴに関する展示があった。このロゴはワルシャワ市内のすべての図書館で使われており,図書館には必ず掲示されている。「これは図書館だろうか」と迷うことが多い中,このロゴにずいぶん助けられた。コシコヴァは緑,その他の各区の図書館は赤である。蔵書印にも使われている。
現在の入口の右側(外から見たとき)には,改修前のエントランスがある。外からは分からないが,2本の円柱が立つ立派なエントランスである。その近くには研修や会議に使われるホールがある。現在の入口をまっすぐ進むと貸出のカウンターがある。ここで図書の借用手続きを行える。この図書館では開架資料の貸出は行っておらず,閉架のレンタル用コレクションが貸出の対象になっている。そのため,職員に出納を依頼する必要がある。
奥に進むと大きなレファレンスルームがある。フロアの中央にはレファレンス資料と閲覧机が並んでいる。この部屋は天井まで吹き抜けになっているが,元々は中庭だったところである。現在はガラスの天井があり,外光が差し込む。明るく開放的である。ただし明るすぎるときは,シェードで光を調整している。ちょうど行ったときにシェードで覆っているところだった。閲覧室からでると,ガラス張りの中庭のような場所がある。ここは,天井からの自然光と壁面の植物で,とてもさわやかである。話をしてよいエリアのようで,他の階の話し声なども聞こえて少しざわざわ感がある。
1階(日本的には2階)には格調高い閲覧室がある。Stanisław Kierbedź閲覧室と呼ばれている。1914年の設立に貢献のあった人の名前を冠したものである。彼の肖像画も飾られている。閲覧室は他にもあるが,それぞれ名前がつけられている。教育,図書館,ジャーナリズム,政治などの領域で貢献のあった人物のようである。これら閲覧室はどこもとても静かである。
蔵書数は170万点(200万点との記載もあり)であり,東京都立図書館とほぼ同じである。相当の蔵書量である。開架されている資料はごく一部である。ポーランドでは出版社は数十冊の納本義務を負っており,国立図書館は当然であるが,県の図書館にも納本することになっている。この図書館は1917年から納本図書館として指定されている。では図書は購入しないのかというとそうでもないという。納本もれ等のためとのことだった。
1階には地域資料や雑誌を置いた部屋もある。電子ピアノ(YAMAHA!)が置かれており,イヤホンをつけて弾けるようになっていた。雑誌記事はスキャナーを使って無料でデジタル化できる。2階には美術書と地図のコーナーがあり,リラックススペースも設けられていた。ソファーでくつろぎながら作業をしたり,話をしている若者が多く見られる。
この図書館では納本制度を基盤に構築されたコレクションに加えて,各種データベースも提供している。館内のみの利用だが,EBSCO,エルゼビア,シュプリンガー,ワイリー,Web of Science,Natureなどを利用することができる。これらは,コシコヴァ単独でライセンス契約を結んでいるのではなく,国レベルのライセンスに基づくもののようである。
バックヤードも案内してもらった。大きな書庫があるが,そちらは改修前の建物を使用している。排列は分類ごとではなく大きさなどを基準にして効率的な収蔵方法がとられていた。地下には電動式の集密書架が設置され,より古い資料が排架されていた。
修繕室が独立してある。東京都立図書館のようである。3名の女性職員が手際よく修理を行っていた。雑誌の合冊製本もここで行われる。作業を見せてもらっているときに,メンディングテープの話になり「これは日本のものだけど知ってる?」と尋ねられた。そのときは分からなかったが,調べてみると日本の楮(こうぞ)から作られたものが,ヨーロッパに輸出されているようである。専用のアイロンを190度に熱して破れた箇所にそれを当てていた。
資料のデジタル化も行っている。そもそもこの図書館はインキュナブラを含む15,000点の古印刷資料(Old print collection)と4,000点の写本を所蔵している。専用の暗室には巨大なスキャナーやカメラが設置されていた。デジタル化した資料はMazowiecka Biblioteka Cyfrowa(MBC)で公開されている。MBCは県内の図書館,博物館などもデジタル化資料を公開できるデジタルアーカイブである。MBCの普及活動の一環として,Wikipedia Poland Associationとの協力を行っているとのことである。
この図書館では,図書館学教育の一環として,現職者向けのコースを通年で開講している。修了者には証明書が発行される。この証明書自体には法的効力はない。しかし,他の図書館の職員から聞いたことだが,コースの修了は図書館内での昇進に有利に働くようである。実際,人気が高いとのことだった。
その他にも,県の図書館として様々活動している。日々の問い合わせへの対応,図書館の分析・アドバイス,選書支援,ネットワークへの要望聴取などである。ちょうど,近々,選書相談のために図書館を訪問する予定とのことだった。ホワイトボードの予定表から,こうした取組は頻繁に行っていることが分かる。
書誌作成の面では,ポーランドの学術図書館の共同目録NUKAT(書誌ユーティリティ)の構築に貢献している。NUKATは先日行ったワルシャワ大学主導で2002年に始まった取り組みである。また,ワルシャワ市やマゾフシェ県の資料に関する書誌作成やテーマ別の書誌(いわゆるパスファインダー)の作成なども行っている。
全体の印象としては,専門的な情報の提供と基盤的サービスが印象的だった。もちろん,閲覧,レファレンスサービス,貸出など通常の基本的サービスも行っている。しかし,各種電子ジャーナルなどは,日本の公共図書館ではほとんど提供されていない。また,書誌ユーティリティへの貢献,地域資料の書誌作成,デジタルアーカイブの構築運営,国内図書館への相互貸借(ILL),電子書籍コンソーシアムの構築,職員研修,図書館への各種支援などの面で,県内,さらには全国の図書館の基盤構築に重要な役割を果たしているという印象が強かった。









- https://www.koszykowa.pl/ ↩︎
- Strojek, Agnieszka i in. Tradycja i nowoczesność / [opracowanie redakcyjne: dr Agnieszka Joanna Strojek, Wioletta Guzek, Joanna Popłońska ; tłumaczenia: Agata Klichowska z zespołem]. Wydanie drugie poprawione i rozszerzone. Warszawa: Biblioteka Publiczna m.st. Warszawy – Biblioteka Główna Województwa Mazowieckiego, 2020. Print. ↩︎