ポーランドの図書館を訪ねて驚くのはその規模である。日本と比較して小さい。これはワルシャワに限ったことではなく,ポーランド全体に共通する特徴である。2024年のデータによると,平均の面積は164㎡である1。日本は2023年の『日本の図書館 統計と名簿』によると,公立図書館平均は1,500㎡である。なぜこれほど小規模な図書館が多いのか。図書館職員へのインタビューなどからある程度,推測できる。
ポーランドでは1997年の図書館法(Ustawa o bibliotekach)第19条2項で,グミナが図書館を設置することを定めている。グミナはポーランドの三層の地方自治体のうち,もっとも基礎的なレベルのものである。必置規定が法制化されたのは,1946年の図書館および図書館資料の管理に関する法律(r. o bibliotekach i opiece nad zbiorami bibliotecznymi)からのようである。他の東ヨーロッパ諸国でもポーランド同様,小規模自治体に図書館が設置される傾向が見られるが,その理由は共産主義思想の浸透を図るため,あるいは文化的アイデンティティ保持のため2,などがインタビューから聞かれた。
現在,ポーランドには約2,500のグミナが存在している。日本の基礎自治体は1,741であるのと比較すると,それほど多くないように思えるが,ポーランドの人口は日本の人口の約1/3弱であることから考えると,かなり多いことが分かる。実際,1グミナあたりの平均人口は約1.5万人であるのに対して,日本の基礎自治体の平均は7.3万人である。このように,かなり小規模な自治体に図書館が必置となっているわけである。結果として,規模が小さくなるのは当然である。
思い返せば,日本の図書館法の立法過程でも,図書館界から必置が主張されていた。そのまま法制化されていたらどうなっていたであろうか。当時の自治体数は1万弱あり,財政状況も厳しかったことから考えると,小規模図書館が多く作られていた可能性もある。
しかし不思議なのは,ワルシャワのような大都市において,現在でも多くが小規模であることである。この理由は分からないが,「図書館とはこういうものだ」という社会的な規範が形成されており,ポーランドではあまりサイズについての疑問が持たれてこなかったのかもしれない。ちなみに聞き取りを行った国立図書館の図書館職員は,サイズについて,強い問題意識を持っていた。彼女はIFLAの委員会委員でもあり,国際的な図書館動向に詳しいことが関係しているのかもしれない。
ただし,小規模であることから図書館の数も多い。ワルシャワなどでは数十メートル先に,別の図書館が設置されていることもある。そもそもワルシャワには,公立図書館が178館(2022)ある3。1万人に約1館の計算である(全国的には4,972人に1館)。東京都23区は980万人に対して図書館数は226館であり,4.3万人に1館である。
図書館が小規模であることは,当然ながら提供できる資料の種類に限りが出てくる。そのため,ワルシャワでは,いくつかの工夫が見られた。まず,基本的に図書館ごとに大人向けと子ども向けに分かれている。また,図書館ごとに重点分野を決めていることもある。例えばワルシャワのWola区では,図書館によって,環境,観光,歴史,ファンタジー,外国語,情報科学,グルメ,学生向け資料,伝記などの重点分野を設定している。基本的な資料は共通するが,各館が重点分野に力を入れることで,区内で提供する資料の幅を広げているわけである。これは,日本でも一部の自治体で採用されている。
これだけ多くの図書館が,身近でサービスを提供することには別のメリットもある。利用者と図書館職員との関係が非常に親密なのである。図書館を訪問して,図書館職員と利用者がカウンターで話をしている姿を見ることがしばしばある。このことについて,ある図書館職員は,利用者との関係づくりは図書館職員に重要(“challenging”)であることを強調していた。利用者は,単なるお客さんではなく,友人に近いとも語っていた。
最後に,日本の図書館が優れていると思われることを1点。ワルシャワでは,利用者は予約した区内資料を借りるためには,図書を所蔵する図書館に行く必要がある。また,返却はすべて借用した図書館で行う必要がある。日本では,日常的に利用する図書館で,別の図書館の予約資料を受け取ることができるし,返却もどこでも可能である(それぞれ例外はある)。予約も,日本では書誌につくが,ワルシャワでは資料につく。このことは,考えてみると,日本では業務用システムの対応,職員の作業の変更,物流の確保など,それぞれ簡単ではない課題を解決して利用者の利便性向上を図ってきたともいえる。
- https://stat.gov.pl/obszary-tematyczne/kultura-turystyka-sport/kultura/biblioteki-publiczne-w-2024-r-,14,9.html ↩︎
- 文化的アイデンティティの議論は,最近読んだ以下の図書と通底するものを感じた。ポーランドを含めて「中欧」諸国では国が消滅していた時期があったりする。ミラン・クンデラ 著ほか. 誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇, 集英社, 2025.4. ↩︎
- https://instytutksiazki.pl/aktualnosci,2,warszawa-na-szczycie-listy-miast-z-najlepsza-siecia-bibliotek,7638.html#:~:text=Warszawa%20w%20tym%20rankingu%20plasuje,uwzgl%C4%99dnieniem%20plac%C3%B3wki%20wojew%C3%B3dzkiej%20i%20narodowej. ↩︎