ラチンスキー図書館は,19世紀前半,ポズナンがプロイセン公国の一部だった頃に作られた1。設立したのは,エドワード・ラチンスキー公(Edward Raczyński)である。蔵書の連続性という点では,ポーランドで最も古い公共図書館の一つとのことである。図書館の前には「自由広場」と呼ばれる大きな広場がある。そこにはラチンスキー公の妻,コンスタンチア・ラチンスキーの像がある。コンスタンチアも多くの図書を寄贈し,図書館の基礎を作った。第二次世界大戦中,図書館の建物はドイツ軍によって約90%が破壊されたが,一部の貴重な資料は別のところに移されており,無事だった。
広場に面した建物は,1953年に復元された旧館で,その奥に2013年に建てられた新館がある。2つの建物は館内の通路でつながっている。旧館には,美術部門やホール,事務部門などが入っている。1階のバルコニーからは自由広場が見渡せる。非常に眺めが良い。一般に開放されることもあるようである。訪問した当日は広報用の撮影が行われていたようで,館内をドローンが飛び交う音の中,説明を受けた。
ラチンスキー図書館は,ポズナン市の中央図書館にあたる。ポズナン市はポーランド西部の都市で,人口は約53万人である。ヴィエルコポルスカ県の県都でもある。ポズナンには,市内に県立の公共図書館文化振興センターという施設がある。訪問したが,こちらもは比較的新しい建物で,直接サービスも提供しているがそれらは限定的であった。
ポズナン市全体の2024年の図書館統計は以下のとおりである2。コレクションが185万点,来館者は64万人,貸出と閲覧は144.8万点である。閲覧を含む数値であるが貸出密度は2.7である。デジタルアーカイブへのアクセスは43.5万回であり,活動報告では貸出等の数値にその数値,さらには電子書籍等を含めて,合計,192.7万点の利用があったと述べられていた。なるほど。ちなみに,利用者,来館者,貸出等の数値はいずれも前年を上回っている。イベントは年間約2,500回行われ,参加者は約4.9万人である。日本の図書館と比べて,非常に多い。
ラチンスキー図書館には事務部門が集中している。ポズナン市にはこの図書館を含めて36館ある。分館は大人向けが9館,子供向けが9館,そして複合型が17館ある。これだけの規模になると,業務の集中化のメリットも大きい。図書の購入では,各分館からリストが上がってきて,それを調整して中央館で購入し,目録処理をしてから分館に送付される。職員数は234名である。市内図書館間で異動があるが,基本的に当人の希望に基づくという。
分館の数は相当多いが,それでも図書館が近隣にない地区がある。そうした地区には,宅配型の受取ロッカーが設置されている。市内にはそうしたロッカーが11か所ある。そこでは,予約した資料の受け取りと返却が可能である。図書館員は2日に1回,書架から予約本をピックアップする必要があり「かなり大変」と言っていた。データを見ると,11か所で年間4.3万件の貸出・返却が行われている。1か所あたり約3,900件になる。週3回訪問するので,1回当たり約25点である。ポーランドでは宅配型ロッカーの利用が普及しているため,こうした仕組みも市民にとってなじみやすいのかもしれない。
建物の話に戻ると,旧館は復元されたものとはいえ,歴史的建物であり壮麗である。ホールなどもあり,そこでは近々結婚式が行われる予定とのことであった。日本では,「図書館で結婚式」と言うと違和感があるかもしれないが,この図書館であれば全く違和感がない。建物には,美術部門もある。そこには,古いレコードも所蔵されていた。それは通常のレコードよりも分厚く,一枚に約5分ほどしか録音できないとのことである。そのため一曲を収めるには何枚も必要になる。また,針の摩耗が早いため,頻繁に交換が必要とのことだった。こうした貴重な資料も多く保存されている。
新館は2013年に建てられている。建物は,近代的というより,旧館や周りの建物との調和を考えてか,少し保守的な印象である。あるいは堅実な建物ともいえる。天井から自然光を取り込むようになっており明るい。また,そうした明かりを館内に行き渡らせるため,書棚の上部には光を反射するものがつけられていた。そうしたこともあり館内は明るく開放的だった。
地下にはクロークがあり,荷物を預けることができる。また,飲み物を飲みながら話ができるスペースもあった。上に行くと貸出用の資料がある階と,研究用の資料を閲覧する階に分かれている。また,特別コレクションを閲覧する部屋もある。
貸出用フロアのカウンターには常時3名ほどの職員が配置されており,多くの利用者が訪れていた。図書の分類はジャンルごとで,UDCではない。一方,分館はUDCとのことで,少し複雑である。ワルシャワの分館で見られるような,のんびりしたお話タイムなどはあまりないようであった。文学のコーナーには日本文学が2棚分あり,「人気がある」とのことだった。コミックも所蔵されており,こちらもよく借りられているという。排架をしていた職員の方によれば,日本語学習用テキストも貸出が多いそうである。興味深かったのは,外国語図書のコーナーである。そこにはウクライナ語のコーナーがあった。これはウクライナ大統領夫人による寄贈図書とのことだった。
研究用のフロアには閲覧席が並んでいる。天井が高い。訪問時にはほぼ満席だった。資料は請求して持ってきてもらう。それらの資料は貸出していない。その上の階には,小さな特別コレクション用の閲覧室がある。この図書館には写本,古版画,地図,蔵書票,写真など,歴史的に価値のある資料が数多くある。それらはここで閲覧する。ワルシャワ大学図書館ほど厳重警戒という感じではないが,それでも職員が常駐する独立した部屋で見る必要がある。
現在,この図書館ではAlmaの導入準備が進められていた。国立図書館の募集に応募し,対象施設に選ばれたという。案内をしてくれた図書館員の方は,今のシステムはGoogle検索に慣れた若い利用者には使いづらいと捉えていた。新しいシステム導入はその現代化のよいチャンスと捉えていた。ちょうど訪問した日にはシステム変更のための職員研修が行われていた。今年の9月頃に,一時休館してシステム移行を予定しているとのことであった。
日本の人口50万人ほどの都市と比べると,図書館の建物の壮麗さに圧倒される。歴史的に貴重なコレクションも多く,目を見張るものがある。一方,市内には分館に加えて宅配型ロッカーを置いたり,最新の図書館システムのAlmaを導入するなど,新旧の融合が進んでいる点が印象的だった。





