ポーランドでは,いわゆる市民参加型予算(budżet obywatelski: 市民予算)の取り組みが広がっている1。これは,住民の提案と投票により,自治体の予算(投資的予算)の一部を使う事業を決定する仕組みである。ポーランドでは,地方自治法第5a条に基づいて制度化されており,導入の判断は各自治体の議会によってなされる。近年では,日本でも三重県,東京都,杉並区などで取組みが進められているようである。写真はクラクフ(マウォポルスカ県)にある県立図書館で見た予約資料受取機であるが,マウォポルスカ県の「市民予算」で購入されたと表示されている。

ここでは,図書館を中心にワルシャワ市の事例を見ていきたい2。ちょうど2025年7月1日に,2026年実施の事業採択が終わったところであり,そのデータも見ていきたい。2026年の市民予算は約1億2千PLNである。日本円で約50億円弱に相当する。市は事前に地域ごとの予算配分枠を決めており,複数地域にまたがる提案枠も存在する。配分額は人口比に基づいている。
市民からの提案には年齢制限がなく,子どもでも可能である。ただし,13歳未満は保護者の同意が必要である。提案には,事業内容,費用,賛同者リストの提出が求められる。費用算出のために,「単価」の例が示されており3,図書館関係では,例えば返却ボックスは150,000~200,000PLN,有名作家招待は2,000〜5,000PLN,コレクション充実は2,000〜3,000PLNなどとなっている。提案が提出されるとワルシャワ市が内容を検証し,法的・技術的に実現不可能なものは除外される。それを通過した提案は2026年予算で1,373件であった。その後,ウェブ上で公開され,質問があれば提案者に尋ねることができる。
投票期間は2週間で,オンライン投票と直接投票が可能であるが,オンライン投票が圧倒的に多い。オンライン投票のためのPCの利用所として多くの図書館が指定されている。このことは図書館が地域のインターネット利用の基盤施設となっている点で興味深い。実際,ワルシャワのある分館に行った際,高齢男性がワードで文書を作っていたのを見たことがある。2026年予算の投票者数は約7万3千人であり人口の5%にも満たない。そのためか,投票を促すキャンペーン「Pay It Forward」が行われている。これは,ウェブ投票後,知人のメールアドレスを登録するとそのメールアドレスにリンクが送信され,投票を促すというものである。知人が実際に投票すると元の人にポイントが加算され,その上位者には賞品が贈られる。
投票者の属性を見ると,女性が63.6%を占め,35〜44歳の層が34%を占めている。首長や議員などに性別や年齢などの偏りがある場合(特に日本など),政策に対する選好の偏りを是正できる可能性がある。得票数の多い順に提案は採択される。ただし,予算が超過する場合は,次点以降の提案が採択される。2025年7月1日には,551件のプロジェクトが採択された。全体としては,地域の緑化やスポーツ関連の事業が多く採択されている。
図書館関連の提案も一定数含まれている。採択された551件のうち,提案名に「biblioteka」(図書館)を含むものは27件あった4。多いのは資料購入だが,それ以外にも作家とのミーティング,自動返却予約受取機,アクセシビリティ向上のための施設改修,ワークショップ,読書ピクニックなど,多様な提案が採択されている。最も金額が大きかったのは,モコトフ地区の資料購入等の予算69万PLNである。ポーランドの図書館はもともと外部予算の獲得に積極的である。したがって,市民予算についても積極的に取り組んでいる。図書館の公式ウェブなどを見ると,市民に対して投票を呼びかけていたりする。先ほどのモコトフ地区でも,図書館自身がFacebookなどを活用して,投票期間中に提案内容や投票方法について丁寧に情報発信を行っていた。
なお,このような投資的予算の一部を市民の直接投票によって決定する仕組みについては,既存制度との関係をどう整理するかが課題とされている5。今回のワルシャワ市の2026年予算でも,採択発表以降,ニュースを賑わせている提案がある。それは,救世主広場(Plac Zbawiciela)にLGBT+を象徴する虹のアーチを再建する提案である6。虹のアーチは2012年に一度設置されたが,放火などにより繰り返し破壊された末,2015年に撤去された。今回の再建提案の採択は,保守的な右派政党PiSの議員から問題視されている。採択提案の政治問題化は,必ずしも多くない投票数によって,しかも議会を迂回して事業が実現することが,リスクとなりうることを示しているともいえる。
市民予算は,市民の声が事業に直接反映されるという点で大きな意義がある。しかし,上で述べた問題や,熟議や討議を欠くという点をはじめ多くの課題もある。ワルシャワ市でも,そうした課題に毎年対応しながらこの取り組みを続けてきた。図書館の視点から言えば,図書館の課題について提案してもらい,また支持してもらうためには,日頃から市民と課題を共有したり,良好な関係づくりを維持したりしていくことが必要になる。
- https://pl.wikipedia.org/wiki/Bud%C5%BCet_obywatelski_w_Warszawie#:~:text=Bud%C5%BCet%20obywatelski%20w%20Warszawie%20(wcze%C5%9Bniej,Warszawy. ↩︎
- https://bo.um.warszawa.pl/pages/o-budzecie ↩︎
- https://bo.um.warszawa.pl/pages/ile-kosztuje-miasto ↩︎
- https://bo.um.warszawa.pl/realizations ↩︎
- 兼村高文. (2024). 再び住民参加予算の登場と今後の展望. 自治総研, 50(546), 27-48. ↩︎
- https://konkret24.tvn24.pl/polska/warszawa-tecza-trzaskowskiego-za-700-tysiecy-kto-zadecydowal-st8546631 ↩︎