フローティング・コレクション

台湾で「浮動館蔵」と書かれた棚を見たことがある。他の図書館のコレクションを,別の図書館でまとめて排架したものである。これは,図書館の図書には館籍(購入館)があり,基本的にはその館に所蔵され,他の図書館の利用者が目にする機会は少ないため,まとめて別図書館に移動してきたものである。以前,私が勤務していた図書館では,返却された図書は他の館籍のものでもそのまま棚に排架していた。ただし,棚がいっぱいになれば,そうした図書を優先してピックアップし館籍館に戻していた。こうした運用に対して,HELMETを構成するヘルシンキ市の図書館などでは,高度な技術を用いてシステム的に処理していた。十分理解できていないところもあるかもしれないが,興味深い仕組みだったので,理解した範囲で記録しておく。

これはLyngsoe Systems社のインテリジェント資料管理システム(IMMS)という仕組みを用いたものである1。IMMSは図書館システム(ILS)と連携し,それを補完する役割を果たしている2。ヘルシンキ市の図書館だけでなく,欧米の図書館でも導入されている。それらの図書館では返却資料を返却機で処理する。返却機には投入口がついており,そこに資料を置く。すると資料は返却処理される。これはRFIDを用いたデータ処理である。図書館によって設定を変更できるようで,エスポー市では奥に入っていくものもあれば,送られないものもある。送られないものは当該図書館に排架するものである。エスポー市では利用者はそうした資料を後ろのブックトラックに置く。これで処理が完了する。

当該館に排架しないものは,他館に送られたり,予約資料として確保される。ヘルシンキ市もエスポー市もともにHELMETの構成館であるため,他館に送られるものには他市の図書と当該市の資料がある。他市資料であれば,その市に送られる。一方,同一市の図書であれば,別の図書館に送られることもある。このとき,日本であれば多くの場合,館籍館に戻されるが,ヘルシンキ市では館籍館という概念がない。これは後ほど述べる。では,どこに行くのか。これを返却機が判断しているのである。フローティング・コレクションの製品ウェブページによると,各館の所蔵状況,スタッフの設定したルール,資料の特性などを元に判断するという。但し,IMMSを使う全ての図書館がこの仕組みを利用しているわけではなく,通常の館籍で運用しているところもある。

フローティング・コレクションのアルゴリズムの詳細はよく分からないが,図書館員の方の説明で興味深かったのは,書棚の空き状況も考慮しているという話であった。書棚がいっぱいであれば,余裕のある館へ送るというわけである。では,どうやって書棚の空き状況を知るのか。かつて六本木ヒルズの図書館ではRFIDのアンテナを使って書棚の状態を把握していた時期があったが,そうではない。書棚には分類シールが貼られており,排架スペースは基本的に固定されている。職員はそのスペースをIMMSの設定画面で指定しているという。もちろん指定は変更可能である。

また,利用頻度の低い資料は「メディアホテル」と呼ばれる書庫に移される。これはHELMETネットワークの場合,Pasilan図書館の書庫である。IMMSでは,メディアホテルは請求記号順ではなく,図書の大きさによって排架場所を指定しているという。これは収容効率を最大化するためである。この点は,議論があるかもしれない。利用者の求めに応じて資料を探しに書庫に行き,同一分類の図書で参考になるものに出会うことも多いためである。展示を企画する場合は,それを指定しておくとそれに合わせて資料を確保することもできる。もちろん,一つの館に複本が集まらないようにもできる。

ヘルシンキの図書館を回っていて感心したのは,書棚にうまく余裕を持たせて面陳していたことである。一般に図書館員は棚がいっぱいになるまでは図書を排架し,いっぱいになれば横積みし,それも限界に達すると諦めて出版年などを参考に書庫に移すというのが通例であろう。しかし,ヘルシンキでは余裕を持って排架し面陳が行われていた。非常にすばらしいと思っていたが,これもこのシステムによるものであると考えれば納得である。では,館籍がないとすれば誰が選書をしているのか。ヘルシンキでは,かつては各館で選書をしていたが,現在はメインの図書館でチームを組んで行っているという。そうして選書し,入荷した資料も先述のルールに基づき行き先館を決めているわけである。なお,HELMETの各市間では,選書会議のような統合的な調整は行っていない。しかし各市の選書状況は共有されており,それを見て判断することもあるという。

この仕組みはある意味で合理的である。利用者は通常,同じ図書館に通うことが多い。したがって,資料が動くことにより,利用者が書棚で出会う図書が変化する。このことにより多様な図書に触れる機会が生まれる。もちろん,館籍を固定し特色あるコレクションづくりをすべきという意見もあるだろうし,予約制度が整っていれば容易に他図書館の図書を取り寄せることができる。であれば,あえて大きなコストをかける必要もないという意見もあるであろう。また,選書,書棚づくり,特集展示などをどこまで自動化するかも課題だろう。そうした判断こそ司書の専門性が試されるという考えもある。ただ,最適なアルゴリズムを試行錯誤しながら作って,マンパワーをより重要な業務に振り分けるべき,という考え方もあるであろう。いずれにしても,興味深い仕組みであった。

  1. https://lyngsoesystems.com/library/intelligent-material-management-system ↩︎
  2. https://librarytechnology.org/document/24767 ↩︎