フォート・ヨーク
トロントの分館の一つである1。トロントの観光名所のCNタワーやトロント・ブルー・ジェイズの本拠地ロジャーズ・センターからほど近いところにある。建物はガラス張りでおしゃれである。2014年に開館した。当時の蔵書数は約3万5千冊とのことである2。2階建てで,1階はカウンター,児童コーナー,DVD,特集展示,予約図書など,2階はノンフィクション,Teens,英語学習用のESL資料,スタジオなどがある。
入口を入るとすぐにカウンターがある。忙しそうにしている。カウンター横には「好きな本を教えて」(Share your favorite read)というホワイトボードがあった。多くの書名の中に日本語で『君の膵臓を食べたい』がある。自動貸出返却機も設置されていた。カウンター前には予約資料受取や特集展示,コミュニティ掲示板が設置されている。カナダの図書館では,掲示物が定型の透明ケースに収められており,規則正しく掲示されていることが多い。吹き抜けになった階段を昇ると,木材と鉄骨がむき出しになった天井でおしゃれである。絨毯が敷かれている。階段を上がると右側がTeensコーナーで,グラフィックノベルなども置かれている。左側には個室のように仕切られた閲覧スペースがあり,窓際にはさまざまな色・形のソファーが並ぶ。多くの利用者が滞在しており空席を見つけるのは難しい。
2階にも小さなカウンターがあり,その近くには2つの部屋がある。一つはレコーディング・スタジオで,もう一つはメーカースペースである。訪問時にはレコーディング・スタジオが実際に使われていた。TPLにはこうしたスタジオを備える図書館が9館あり,ポッドキャストや映像制作に時間単位で利用できる3。マイク,ビデオカメラ,MIDI,デジタル一眼レフカメラ,グリーンスクリーンなどの機材がある。
横にあるデジタル・イノベーションハブ(メーカースペース)にはPC(11台)や3Dプリンターが設置されている。PCの多くは利用されていた。デジタル・イノベーションハブはTPL全体で13館ある。3Dプリンタ等の利用には事前のトレーニングは不要である。予約または空いていればすぐに使うことができる。3Dプリンターを利用する場合は職員にファイルを確認してもらった上で出力する。武器やそのパーツ,性的なものなどの制作は禁止されている。PCには映像編集ソフトや各種Adobe製品などがインストールされていた。3Dデザイン,3Dプリンティング,Photoshop,Python,iMovieなどに関する講座も実施されている。さらに,ArduinoやRaspberry Piといったテック・キットを借りられる点も興味深い4。STEM教育,デジタルリテラシー向上,コーディングの観点から貸出しているようである。
館内で配布されている資料で,3Dプリンタ利用の流れが整理されていた。そこには以下のように記されている。「ファイル形式は.objか.stlですか?」→「3Dプリンタ用に処理(スライス)しましたか?」→「印刷は2時間以内に終わりますか?」。これをクリアすれば,USBにファイルを入れて持参し利用できる。コストは1グラムあたり15¢である。条件に合わない場合の対応も整理されている。
この図書館では,LGBTQ関連で話題になったことがあった。2023年,ドラッグクイーンストーリータイムを開催した際,この図書館での抗議活動が報道された5。ネオナチ団体などが図書館前に集まったとのことである。しかし,こうした抗議があってもTPLは2SLGBTQ+コミュニティとの連携を継続している。コレクション収集,ブックリスト作成,ドラッグパフォーマーによるストーリーテリング,読書クラブ,映画上映など,多様な活動を展開している6。その背景には,「図書館はすべての人を歓迎し,包摂的な空間である」という考え方がある。多様性,公正さ,包摂,知的自由を重視する姿勢を明確に示しているわけである。
ティーンコーナーの書棚の上には,「Young Voices」と書かれた雑誌が置かれていた。その横には,この雑誌がTPLによるものであり,12歳から19歳までの若者によるライティングとビジュアルアートを掲載したものとの説明があった。ウェブページによると,春に作品を募集する。アート,写真,コミック,物語,ノンフィクション,詩など幅広いジャンルを対象としている7。作品はプロの作家などによって選考され,秋に雑誌として刊行される。若者に創作機会を提供する取組として興味深い。



ノース・ヨーク中央図書館
トロントの北部にある。トロントはもともとメトロポリタン・トロントと6つの自治体による2層制の自治体だったが,1998年にそれらが合併して1層制の自治体になっている。ノースヨークはその6つの自治体の一つであった。この図書館は,トロント市の図書館システムの中では分館のひとつに位置づけられているが,同時に市内で2つしかないリサーチ&レファレンス図書館の一つでもある8。もう一つはトロント・レファレンス図書館である。この2館は,いずれも Moriyama & Teshima Architects が設計している。ノースヨークはほとんどの資料が借用可能である。図書館はメル・ラストマン・スクエアの一角にあり,ホテルやオフィス,商業施設が入る複合施設の中にある。地下鉄駅から直結している。1987年に開館し,2018年に改修を経て再オープンした。改装によって建築関連の賞も受賞している9。訪問時にはティーンゾーンが改修中だった。
1階には奥に児童室があり,手前にはフィクションやオーディオブックが並ぶ。2階にはティーン向けの資料や予約資料の受け取りスペースがある。ここは書棚は少なく閲覧席が多い。学習ルームが2部屋あるほか,デジタルピアノルームとピアノ練習室があり,ともに実際に利用者が演奏していた。3階は言語,文学,美術関連のフロアである。「The Book Sanctuary Collection」というコーナーがある10。『マウス』『ペルセポリス』『バスラの図書館員』『アンネの日記』『聖書』など,禁止図書とされた図書が展示されていた。この取組は,2023年にシカゴ公共図書館で始められたものである。この階は多言語の図書もあり,フランス語,タガログ語,ウクライナ語,ロシア語,スペイン語,韓国語,ペルシャ語,日本語,ドイツ語,中国語などがある。また,1~2人用のスタディーブースが9室あり,4階にも5室ある。みんな利用されていた。
4階は3階と同じような空間構成で,ビジネス,サイエンス,テクノロジー関連の資料がある。3階の背表紙には「LL」(Language, Literature),4階には「BST」(Business, Science, Technology)とフロアを示すラベルが付いていることから,蔵書に館籍があることが分かる。この館はレファレンス図書館とされるが,レファレンスコーナーは小さい。この階にはオンライン就職面接などに利用できる Virtual Interview Rooms もある。5階には「Native People」という棚がある。北米先住民族による,または先住民族に関する資料を収集している11。スパディナ通り分館と同様のコレクションである。TPLではこうしたコレクションは3館が保有する。 Golden Lion という置物もある。この階には「グラディス・アリソン・ノース・ヨーク歴史室」もある。グラディス・アリソン氏はこの図書館建設に貢献した人物である。この部屋にはノースヨークに関する地図,マイクロフィルム,写真コレクション,はがき,そして新聞雑誌など様々な情報源から集めた『ノース・ヨーク・ヒストリカル・スクラップ・ブック』数十冊などがあった。6階は閲覧スペースで,多くの利用者がいた。全体として,トロント・レファレンス図書館を少し小さくして新しくした印象である。
印象的だったことを4点,述べる。まず,利用者,特に若い利用者が多い。平日午後に訪問したが館内は人であふれていた。閲覧席はほぼ満席だった。ちなみに公式ウェブによると座席は758席ある。吹き抜けを囲む閲覧席のほか,館内の各所に席が設けられている。また,階段では多くの若者が話をしたり勉強している。図書館員によるとこれは設計上意図されたものであるという。階段の左半分は段差が大きくなっており,滞在を前提とした設計になっていた。
スタジオやメーカースペースも充実している。それらは「クリエイション・ロフト」と呼ばれている。最近の改修で整備された。eLearningラボ,ファブリケーション・スタジオ,デジタル・イノベーション・ハブなどがある。ファブリケーション・スタジオにはミシン,ボタンメーカー,ビニールプリンター,刺繍機器などがあった。デジタル・イノベーション・ハブには3Dプリンターなどがある。その奥には小さなスタジオがあり,クロマキー合成や録音などができる。これらの多くは講習なしで利用可能である。ワークショップも提供されている。また,専門スタッフが常駐しており利用者を支援している。
地下には「BOOKEnds North」という部屋があった12。トロント図書館友の会(北部エリア)が運営している。ガラス張りで書店のような雰囲気だが,TPLの除籍した図書,CD,DVD,LPなどを販売している。他に寄贈図書も販売している。価格は50セントからで,多くは1カナダドルである。売上はすべて図書館のプログラムとサービスに充てられている。これまで他の図書館でも除籍資料の販売スペースは見かけたが,ここまで書店に近い体裁のスペースは珍しい。
プログラムで興味深かったのはAIに関するものである。関連のプログラムはいくつかあるが,その一つ が Innovator in Residence (IIR)プログラムである13。このプログラムでは,10月以降,毎回2時間程度の予定でAIに関する講座や実習を提供している。講師はデジタル・アーティストのKaren Vanderborght氏である。内容は,AIの創造性と社会への影響を考える講習や,生成AIを使った芸術作品創作,プロンプトの学習,画像修正,詩の創作と文化的意義の探究などで,生成AIの特徴と可能性を学ぶ内容となっている。危険性だけに傾斜するのではなく可能性を学ぶ点が興味深い。こうしたプログラム実施の背景には,Google による1,300万ドルの AI Opportunity Fund がある14。TPLはカナダでこの資金を受ける4機関の一つに選ばれている。IIRはそれによるプログラムの一つである。
ウィッチウッド分館
トロントの分館の一つである15。1916年にカーネギーの支援を受けて設立された。建物はトロント市の文化遺産に登録されている。これまで何回か改修が行われ,直近では2022年に大規模な改修と拡張が行われた。もとの施設を活かしながら,現代的な機能を加えた空間となっている。
入口にはゲートがある。資料にはRFIDタグが貼られており自動貸出返却機が使われている。図書の装備はこれまで訪れた他館と同様である。入って右側には新聞・雑誌のブラウジングコーナーがある。雑誌は約50タイトルほど所蔵していた。雑誌は装備されておらず,バーコードのみ貼られている。ブラウジングコーナーにはソファや窓際の席があり,奥にはガラス張りの多目的スペースがあった。この右側のスペースは改修で拡張された部分である。入口左側にはカウンターがあり,その近くに2階へ続く螺旋階段がある。こちらは改修前からあるスペースである。1階奥には児童コーナーがある。児童向け多言語コレクションとしてフランス語とタガログ語の資料があった。Holds(予約資料)の棚もあった。予約資料は利用券の下4桁が記された紙で包まれている。
螺旋階段を昇ると,黒いアーチ型の高い天井が目をひく。木製の梁が見事である。同じカーネギー図書館であるケンジントン図書館(リバプール)を思い出した。暖炉も残されている。そういえばスコットランドのダンファームリンの図書館でも暖炉を見たことを思い出した。カウンターの後ろには中二階の閲覧スペースがある。フィクション,ノンフィクション,CD,オーディオブック,DVD,ローカルヒストリーなどの資料がある。Teenコーナーもあり,日本のコミックが比較的多く見られた。新しいスペースを中心に明るい閲覧室が整備され,半個室のスタディールームもあった。さらに,広場に面した場所には屋外閲覧スペースもある。
もとの施設を見事に現代的によみがえらせたという印象である。新たに整備された部分には多目的スペースや閲覧席が多く設けられている。多くの利用者が図書を借りたり閲覧したりしていた。
注目すべき点として,トロント市の図書館(TPL)の日曜日開館が挙げられる。これは,この図書館に限ったことではないが,TPL では10月から100館すべての図書館で日曜日開館を始めた。この発表は市長により,この図書館で行われた16。これまでは29館のみが日曜日に開館していた17。開館時間延長は市長の選挙公約であったようである。経費は800万カナダドルと見積もられているが,開館による投資収益率を考慮して決定したようである18。ここでいう投資収益率とは,図書館への予算投入によってどれだけの経済的価値を生み出すことができるかを示す指標である。英国などでは図書館の閉鎖も見られるが,トロントは状況が大きく異なる。また,英国を含めて欧州では開館時間延長を職員不在のシステムで対応するケースが多かったが,トロントでは通常どおり開館時間の延長が進めている点は注目される。






キッチナー公共図書館
オンタリオ州西部のキッチナーにある19。キッチナーはトロントから西におよそ110キロで,人口は約25万人である。図書館は6館ある。キッチナーは広域自治体のウォータールー・リージョンに含まれるが,基礎自治体のキッチナーが図書館を運営している。訪問したのは中央館で,市北部の鉄道駅近くにある。市内には図書館ロッカーも設置されている。この図書館は地下1階,地上2階の建物でフロアが広々としている。1962年に建設され,2014年に大規模な改修・拡張工事を行った。近代的な外観である。 Leadership in Energy and Environmental Design(LEED)のゴールド認証を受けている20。環境に配慮したグリーンライブラリーである。
1階にはカフェ,フィクション,児童コーナー,スタジオ(Heffner Studio)がある。カフェはガラスの壁に面した明るい空間で,ソファや新聞・雑誌,面陳された図書が並ぶ。興味深いのは,スケート靴の貸出である。30足ほどあった。また,入口近くには楽器が展示されており,こちらも借りることができる。Access Centerというコーナーがあり拡大読書機が設置されていたほか Daisy図書などが通常のCDのように排架されていた。児童コーナーには多言語の児童書があった。アラビア語,中国語,ペルシア語,ドイツ語,ヒンディー語,日本語,ポーランド語,ロシア語,韓国語,スペイン語,フランス語などがあった。スタジオにはグラフィックデザインや映像編集用の「Macワークステーション」と,録音スタジオがあった21。録音スタジオでは,キーボードやマイク,ミキサーなどを使って音楽制作ができる。訪問時,実際に利用されていた。
2階にはノンフィクション,DVD,ローカルヒストリー,スタディールーム,Teen,言語関連の資料がある。スタディールームは7室ある。定員は1〜4名であった。1日2時間利用可能で,すべて使用中だった。言語関連の資料は英語の学習資料で「エッセンシャルスキル」という難易度ごとに分類されていた。また「Tough Topics」という掲示があった。これは,センシティブなテーマに対応するDDC番号を案内するものである。テーマとしては虐待,依存症,自傷行為,性的多様性,自閉症,メンタルヘルス,性的暴行などである。こうしたテーマの図書がどこに排架されているかが分かるようにしている。課題解決支援の観点から興味深い。他に,ソファーで囲まれたラウンジには充電設備があったり,「リフレクションルーム」という瞑想,祈り,授乳などに利用できる部屋もあった。
ローカルヒストリーの部屋は「グレース・シュミット郷土資料室」と呼ばれている。35年間この図書館で勤務し,ウォータールー郡の歴史に詳しかった司書シュミット氏にちなんだ名称とのことである。地域の歴史,家系資料,写真,スライド,マイクロフィルム,オーラルヒストリー・テープなど,地域資料が充実していた。また,自分の図書,マイクロフィルム,写真,スライド,VHSビデオなどをデジタル化できる機器も整っている。そのための講習会も開催されていた。英国の地方図書館のように地域資料が充実しているのが印象的だった。
以下,この図書館で興味深かった点について述べる。まず,レファレンス図書の取り扱いである。この図書館ではレファレンス図書を特別なコーナーを設けて提供するのではなく通常の図書と混配していた。レファレンス資料は背表紙に「Library Use Only」と明示されており,館内のみの利用であることがわかる。
2階のフロアの奥にマルチカルチュラルセンターと呼ばれるコーナーがあった22。ここでは新しくこの地域に移住してきた移民を対象に,語学,仕事,住居,健康,教育などの支援を行っている。二人で対応する日もあるが,この日は一人で相談にのっていた。基本的に予約制である。ここでは相談を受けて関連機関に紹介することが役割とのことであった。カナダ政府,地域の多文化センター,図書館が連携して実施している。訪問時も実際に相談が行われていた。
ブッククラブ(読書会)セットは約100種類あった。図書などがバッグにまとめられてすぐに利用できるようになっている。見ていると,村田沙耶香『コンビニ人間』のセットもあった。中には,図書8冊とブッククラブ運営ガイドが入っている。ガイドにはリーダーのためのティップス,運営に役立つ情報源,そして,その図書の論点などがまとめられている。さらに,「自閉症コレクション」というコーナーもあった23。自閉症スペクトラム障害(ASD)に関する資料が6〜7連の書棚に並んでいた。かなり充実している。当事者,家族,教育者などが対象者である。これは Waterloo Wellington Autism Services の寄贈によるものとのことであった。
イベントやプログラムも多彩であった。ちょうどワールドシリーズに進んだ Toronto Blue Jays の試合が開催されていた時期に訪問したが,そのパブリック・ビューイングが地下のシアターで開催されていた。また,「QueerKPL Social」では2SLGBTQ+コミュニティの交流会が開かれている。ゲームをしたりクイア文学について話したりするとのことである24。「Living Life to the Full」はメンタルヘルス改善のためのセルフマネジメント講座である。「デジタル世界における不正行為防止」は地元警察署によるフィッシング詐欺対策講座である。「Gaming Central」はさまざまなゲームプラットフォームで遊ぶイベントであり,「読書家を育てる: 1001冊チャレンジ」は新生児から4歳までの子どもを対象とした読書活動である。「1日3冊読めば1年もかからない!」と書かれている。また,この図書館では,結婚式を挙げることができる25。通常はカフェとして使われている1階のスペースや屋外のパティオを利用できる。料金は約1,300カナダドルとのことである。
スカーバロー市民センター分館
1998年にトロント市へ編入されたスカーバロー地区にある26。この地域は外国出身者が多く,その中では中華系住民の割合が高い27。図書館は2015年に開館している。名称からすると市民センターとの複合施設のように思われるが,独立した建物である。建物はワンフロアで天井が高く,開放的な印象である。屋上は緑化されているようだが,下からは確認できなかった28。柱や屋根には木材が多く使われており,柔らかな雰囲気の図書館である。ガラス張りの建物のため自然光が入りやすく,訪問時の夕方には西日が奥まで届いていた。周囲は公園が多く,緑豊かである。
入口には自動貸出返却機があり,すぐにやや大きめのカウンターがある。訪問時は平日だったが,職員が一人で対応していた。左側には新刊図書,予約図書,DVD,レファレンスブック(一棚),多言語図書,ノンフィクション,大活字本,ティーン向け資料などが並んでいる。多言語図書のうち約半分は中国語の図書だった。一番奥には独立した部屋のデジタル・イノベーション・ハブがあった。職員は常駐しておらず,利用時にはカウンターに申し出るよう掲示されていた。利用者はいなかった。中央には閲覧スペースがあり,多くの利用者が作業していた。この図書館は全体に静かだった。話している人はいたが,音が響かないのかもしれない。右側はブラウジングスペース,フィクションや児童コーナーなどがある。館内各所にPCがあり,多くの利用者が使用していた。
図書の装備は他のTPLの図書館と同様であるが,背表紙に追加のシールが貼られた資料があることに気づいた。それらは「Biography」「Native People」やカナダ国旗のメープルリーフなどが描かれていた。「Native People」は先住民著者の図書,メープルリーフはカナダ人著者を示しているとのことだった。
この図書館の児童コーナーには教育的な遊具のあるスペースがあった。これは「KidsStop 早期識字センター」と呼ばれている29。こうしたスペースはこの図書館に限らず,TPLの多くの図書館で設けられている。それぞれテーマが異なり,この図書館は「環境」である。木で作られた図書や子どもが喜びそうなインスタレーションが置かれていた。TPLは「Ready for Reading」という早期読書プログラムを提供している30。このプログラムは,就学前の子どもが「話す」「読む」「歌う」「遊ぶ」「書く」といった活動を通じて,将来の読み書き能力を高めることを目的としている。そのために,KidsStopの設置や「幼稚園に入るまでに1000冊読もう」といったプログラム,年齢別のストーリータイムなど,さまざまな取組が行われていた。こうした取組はアメリカ図書館協会の「Every Child Ready to Read」という取組に基づいている。TPLでは「Let’s get ready for reading」という図書も刊行している。






ハミルトン公共図書館 バートン分館
ハミルトン市の中心地近くにある31。ルーツとなる図書館は,1908年に開館したハミルトン最初の公共図書館である。2023年に改修を終えたばかりの新しい施設で,ワンフロアの分館である。入口には地域のコミュニティ情報が掲示されている。
正面には大人向けのフィクションとノンフィクションが並んでいる。蔵書数はそれほど多くない。図書の天には受入日がハンコで押されていた。ウィーディングに活用されているのであろう。展示棚には「Staff Pick」と付箋が貼られた図書がいくつかあった。付箋には推薦した図書館員の名前も書かれている。話しのきっかけに良さそうである。こうした手書きの付箋はカナダの他の図書館でも見られた。DVDも充実していた。窓際の席には12台のPCが並び,多くの利用者が利用していた。PCコーナーの壁には「Historical Barton」と書かれたコーナーがあり,地域の昔の写真が飾られていた。
右側にはカウンターがあり,3名の図書館員がいた。利用者の中には職員と顔なじみの人いるようでちょっとしたお話しをしている。近くにはSeed Libraryがあった。エストニアでも見かけたように目録カード入れを再利用していた。「More seeds coming in spring!」と張り紙に書かれていた。確かに10月下旬のこの時期に種を植えることは少ない。Seed Libraryは地元のグリーンベンチャーという環境団体と協働して実施していた。図書館の奥には児童コーナーがあり,機関車トーマスの木製レールセットなど,いくつかの遊具が置かれていた。
この図書館で印象的だったのは,ソーシャルワーカーが配置されていた点である32。訪問時,実際に話すことができた。現在,ハミルトンではバートンや中央図書館などでソーシャルワーカーが配置されているという。バートンでは週2回,9時半から16時半まで滞在していた。基本的には予約制だが,空いていればその場で相談も可能である。役割としては,行政への支援の申請書作成を手伝ったり,フードバンクを紹介したりといったことである。要するに,相談を受けて,支援を必要とする人にサービスを伝えたり適切な機関につなぐことである。ソーシャルワーカーは自治体が雇用し,図書館とパートナーシップを結んで派遣されている。この地域はハミルトンの中でもホームレスの多い地域である。また,近年は,州の方針でSupervised Consumption Site(薬物の監督付き消費施設)が縮小されていることもあり,こうした問題に対する図書館の負担が増しているようであった33。



ウォータールー公共図書館 イーストサイド分館
キッチナーに隣接するウォータールー北東部にある分館である34。2022年に開館した。ウォータールーの人口は約12万人で4館の図書館がある。イーストサイド分館は,開館時,約3.5万冊の蔵書である。オンタリオ州図書館協会の新図書館建築賞を受賞している。周辺にはスポーツ関連施設があり,街の中心から少し離れた郊外にある。
図書館はワンフロアである。絨毯が敷かれている。入口を入ると,パズルやボードゲームのコレクションがあった。北欧の図書館でよく見た光景である。また「Aeryon Digispace」と呼ばれるスタジオがあり,演奏用の防音ブースと録音やミキシングをする部屋に分かれている35。部屋にはミキサー,Mac,マイク,楽器類(ドラム,シンセサイザー,ウクレレ,ギター,ベース等)が備え付けられている。近くには,メーカースペースやゲーマースペースもあった。ゲーマースペースではゲーミング用PCやiMac(Adobe Creative Cloud)が利用できる。
入口に比較的近いところには,職員用のスタンディング型カウンターがあった。一人用である。入って右側には児童コーナーがあり,左奥にはフィクションとノンフィクションの書架が並んでいる。「Holds」と書かれた予約資料棚やTeenコーナーもあった。予約資料は,背表紙が見えないように逆向きに置かれ,個人情報に配慮していた。資料の中にはレコードもあった。オアシスやオーネット・コールマンのジャケットがある。この図書館でもアイススケート用の靴(Hockey Skates)の貸出も行われていた。児童コーナーには「Playaway」というプラスチックケースが多く並んでいた。これは再生装置一体型のオーディオブックである。奥には2室のスタディルームがあった。窓際には一人用のカウンター席が並んでいた。ともによく利用されている。
表紙を見せる形で展示された図書が多く見られたが,その中には「Staff Pick」と付箋が貼られ,ちょっとしたコメントが書かれたものもあった。図書の装備を見ると,ハードカバーにはビニールカバーが付いているが,ペーパーバックには付いていない。バーコードは表紙上側に貼られ,裏表紙の裏側にはRFIDタグが貼付されている。雑誌には特別な装備はなく,最新号には「Current issue/in library use only」とシールが貼られ,既刊にはその上に「magazine to borrow」とシールが貼られていた。児童コーナー奥には「ネイチャースペース」がある。これは屋外で読書できるスペースである。バリーの図書館でも見たものである。ただし冬季から春までは閉鎖される。10月中旬の訪問時にはすでに閉鎖されていた。図書館では教育用の蜂の巣箱もあり,関連プログラムが実施されている。
興味深かったのは,図書館員用カウンターである。入口付近に2か所あったが,訪問時は職員は一人であった。カウンターはスタンディングのもので,一人用であった。北欧の図書館でも類似のものを見た。図書館員はカウンターに常にいるわけではなく,館内を移動しながら利用者を書架に案内したり,返却図書の処理をしたり,排架をしたりしていた。図書館員は「館内のどこにでも行く」と言っていた。こうした形態を可能にしているのは,言うまでもなく貸出返却が利用者自身によって行われ,予約資料も利用者自身がピックアップして手続きする仕組みとなっているためであろう。
もう一つ興味深かったのはメーカースペースである36。これが図書館内の3か所に分散している。「メーカーバー」と呼ばれるコーナーにはボタンメーカー,ラミネーター,Cricutメーカーが設置されている。「デジセンター」には大判プリンターがあり,ゲーマーズスペースのPCから出力できる。そして,「ゲーマーズスペース」には8台のPCと2台の3Dプリンターがある37。利用にあたって講習受講は不要とのことであった。訪問時には実際に利用者が3Dプリンターで制作をしていた。職員は一定のサポートはするが,利用者が自ら使いこなすことを前提としているとのことであった
ウェブページでは,ウォータールーの戦略計画(2024年から2028年)が掲載されていた38。計画の柱は「生涯学習」,「公正さ・多様性・包摂・アクセス」,「幸福」,「未来への準備」,「すべての人の場所」の5つである。注目されることとしては,「生涯学習」ではコーディングの学習機会の提供,「公正さ等」では新しい技術の「貸出」(3Dプリンタなどが念頭にあるようである)や多言語の絵本,新移民へのサポート,「未来への準備」ではネイチャースペース活用や種の図書館,AIツールの探索,「すべての人の場所」では芸術活動体験の機会が掲げられている。新しい技術への対応,社会的包摂,環境を重視した取組,文化的活動などが注目される。









- https://www.torontopubliclibrary.ca/fortyork/ ↩︎
- https://www.cbc.ca/news/canada/toronto/new-library-opens-at-fort-york-1.2658508 ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/using-the-library/computer-services/innovation-spaces/recording-studio.jsp ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/using-the-library/computer-services/innovation-spaces/techkits.jsp ↩︎
- https://www.thestar.com/life/together/protesters-showed-up-to-one-of-this-drag-queen-s-recent-storytime-performances-here-s/article_8ba35ef4-8192-5f1c-85bf-bc37cdae0e0e.html ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/programs-and-classes/featured/pride.jsp ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/teens/young-voices/ ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/North_York_Central_Library ↩︎
- https://iida.org/articles/best-of-iida-ala-library-interior-design-awards ↩︎
- https://account.torontopubliclibrary.ca/shared/the-book-sanctuary-collection/gDNNmd4wrgAMuGUM0hnE3R4AWR8sXZAGmj1cSHkZZzizHU9SAD ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/books-video-music/specialized-collections/native-peoples.jsp ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/books-video-music/book-sale/ ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/using-the-library/computer-services/learnai/innovator-in-residence-artificial-intelligence.jsp ↩︎
- https://nowtoronto.com/news/google-canada-funds-new-ai-training-program-headed-to-toronto-public-library/ ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/wychwood/ ↩︎
- https://themedium.ca/mayor-chow-announces-plans-to-open-toronto-libraries-7-days-a-week/ ↩︎
- https://torontolife.com/real-estate/tpl-public-library-expanded-service-sundays/ ↩︎
- https://www.cbc.ca/news/canada/toronto/libraries-opening-plan-1.7364459 ↩︎
- https://www.kpl.org/, https://en.wikipedia.org/wiki/Kitchener_Public_Library ↩︎
- https://www.kpl.org/your-library/locations-and-hours/central-library ↩︎
- https://www.kpl.org/technology/heffner-studio ↩︎
- https://www.kpl.org/services/partner-services ↩︎
- https://www.kpl.org/services/special-collections ↩︎
- https://kpl.events.mylibrary.digital/event?id=197338 ↩︎
- https://www.kpl.org/services/rent-or-reserve-spaces/venues/weddings ↩︎
- https://www.torontopubliclibrary.ca/scarborough/ ↩︎
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%BC_(%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%AA%E5%B7%9E) ↩︎
- https://lga-ap.com/portfolio/toronto-public-library-scarborough-civic-centre-branch/ ↩︎
- https://kids.tpl.ca/ready-for-reading/visit-the-library ↩︎
- https://kids.tpl.ca/ready-for-reading/about ↩︎
- https://www.hpl.ca/barton ↩︎
- https://news.mcmaster.ca/analysis-program-at-hamilton-public-library-shows-how-libraries-can-expand-the-social-services-they-provide/ ↩︎
- https://cupe.ca/working-unsafe-consumption-site-library-perspective ↩︎
- https://www.wpl.ca/your-library/locations-hours/eastside-branch/ ↩︎
- https://www.wpl.ca/services/digispace/ ↩︎
- https://www.wpl.ca/services/maker-bar/ ↩︎
- https://www.wpl.ca/services/3d-printing/ ↩︎
- https://www.wpl.ca/your-library/reports/strategic-plan/ ↩︎