社会的投資収益率(SROI)

トロントの西隣にミシサガという自治体がある。ここでは,公共図書館の活動が地域にもたらす影響を「インパクトレポート」としてまとめている。このレポートは約6ページで,図書館の社会的・経済的価値を簡潔に示している1

報告によると,ミシサガ図書館は1ドル(カナダドル)の投資に対して6.96ドルの価値を生み出している。また,市民一人あたりでは307ドルの価値を生み出したとされる。さらに,教育,経済発展,場所,市民参加,包摂と幸福,文化,娯楽という7領域において,どの程度の価値を生み出しているかを示している。たとえば教育の分野では,情報アクセスの提供,子どもや若者向けプログラム,学習機会の提供によって53,256,428ドル(約60億円弱)の価値を創出したとされている。

このように,図書館が産み出す価値を経済的観点から捉える試みはこれまでも行われてきた。筆者もROIに関する文献を紹介してきた。こうした取組の背景には,図書館が単なるコストセンターではなく,地域に社会的・経済的価値をもたらしうる存在であることを図書館の設置者に示す意図がある。こうした取り組みは,近年,図書館評価の分野で注目されている2

オンタリオ州では,州全体の図書館政策を推進するオンタリオ図書館サービス(OLS)がROI(Return on Investment)を算出するための方法をまとめている3。ミシサガのインパクトレポートも,このOLSが開発した方法に基づいて算出されている。OLSはROI測定のためのツールキットを「Valuing Ontario Libraries Toolkit(VOLT)」として提供している。

VOLTは大きく2つの部分から構成されている。一つ目は「コミュニティプロフィール」で,図書館が置かれた地域の特徴をまとめるものである。データはアンケートやフォーカスグループインタビューによって収集される。ここで収集したデータは,後述する「deadweight値」としても活用される。二つ目はSROI(Social Return on Investment)で,図書館の社会的インパクトを金額に換算するものである。この評価は前述の7領域に加え,計8領域で算出されている。ツールキットはアルゴマ大学のNORDIK研究所に委託され,2023年に開発された。結果をプレゼンテーション資料としてまとめるためのPowerPointのテンプレートも提供されている。

SROIの計算はExcelのファイルで行う。このファイルには複数のワークシートがあり,主に毎年報告が義務づけられているオンタリオ州の図書館統計(ASPL)のデータを入力することで算出できる。ただし,一部のデータは各館で追加入力が必要である。Excelにはあらかじめ計算式が組み込まれており,入力されたデータに基づいて各領域ごとの経済的価値が自動的に算出される。

たとえば教育のワークシートの中には,項目の一つとしてノンフィクション資料の平均価格と貸出回数を入力する項目がある。そこでは,平均価格と貸出回数を掛け合わせたものに,館内利用が貸出回数の18%に設定されており自動的に加算される。そして,その合計値が経済的価値として算出される。また,「deadweight」と呼ばれる係数が設定されている。これは,図書館が存在しなかった場合に利用者が別の手段でニーズを満たせる割合を考慮して,価値を割り引く仕組みである。Excelファイルにはこの値が館別・項目別に入力されたワークシートがあり,それを参照して最終的な経済的価値が求められる。たとえば資料の貸出の評価では,前述の値に0.4前後(自治体によって異なる)を掛けて算出される。都市部と農村部で代替手段の利用可能性が異なるため,この値は地域によって調整されている。アンケートに基づいて変更も可能である。

障害者サービスのように重要であるが利用数が少ない領域では,単純な貸出点数では価値が過小に見える可能性がある。障害者向けサービスの項目は,包摂と幸福のワークシートにある。ここを確認すると,例えば点字図書の価値(値段)が高く設定されており,所蔵数や貸出数が少なくても大きな経済的価値が算出されるように考慮されている。

この方法の興味深い点は,まず図書館の経済的価値を定量的に示すことができる点である。これにより,図書館が地域社会にどれだけの経済的価値をもたらしているかを,議会や行政部門に対して明確に提示することができる。また,単にROIを一つの数値で示すのではなく,教育,文化,経済など複数の領域に分けて可視化できる点も興味深い。このことで,図書館の多面的な活動をより具体的に説明できる。さらに各館が自館の目標を設定する際の指標としても活用できる可能性がある。一方で,経済的価値では明確化できない価値のあること,計算式の妥当性への疑問などは当然生じうる。コミュニティプロフィールの中で,利用者の声などを集めるのは,そうした懸念を和らげる意図があるのであろう。

  1. https://www.mississauga.ca/library/home/about-mississauga-library/ ↩︎
  2. SROIに対する日本語の批判的検討として,以下の文献がある。津富宏. (2016). SROI (社会的収益投資) に関する批判的考察. 日本評価研究17(1), 33-41. ↩︎
  3. https://resources.olservice.ca/volt ↩︎