タリン市立スダリンナ図書館

タリン市の図書館で分館の扱いでないのは,スダリンナ図書館とリーヴァライア図書館の2館である。前者はエストニア語資料,後者はロシア語などの外国語資料を主に扱っている。本来は一つの図書館にしたいが,スペースの関係で2つに分かれているとのことであった。将来的には新しい図書館を建てて統合したいそうである。なお,タリン市にはこの2館のほかに17の分館がある。図書館統計によれば,蔵書数はおよそ80万点,登録者数は7.3万人,年間来館者数は約100万人,貸出点数はおよそ200万点,イベント開催回数は1,600回である。

今回訪れたのは,スダリンナ図書館である。ちなみにスダリンナは中心市街地という意味である。建物の色はピンクだが,街並みに溶け込んでいる。旧市街地のすぐそばにあり,先日訪れたカラマヤ図書館は,旧市街を挟んでちょうど反対側にある。スダリンナ図書館は1895年に設立された。当時,エストニアはロシア帝国の一部であり,この建物はロシア化を進める団体によって建設された。かつてはタリン市のロシア人の社交の中心だったという。迎賓館のような建物で,ダンスホールとして使われた部屋が今は貸出室となっている。シャンデリアが豪華である。1944年,ドイツ占領下のタリンに対してソ連が爆撃を行った。その際,この図書館も大きな被害を受けた。話を伺ったバルコニーホールにはそれを免れた資料が保管されている。

この図書館は大きく5つのセクションに分かれている。1階の入口入って右側には児童青少年向けの部屋がある。ちなみにエストニアでは階の数え方は日本と同じである。ここは夏休み中は静かだが,学校がある時期は放課後,子どもたちで大騒ぎだそうである。左側にはホールがある。音楽会,映画会,研修などが開催される。最近もコントラバス四重奏団によるクラシックコンサートが開かれている。2階は閲覧室で静かなスペースである。閲覧席がパーティションで区切ってある。3階が貸出室で多くの図書が並ぶ。その上にバルコニーホールがある。3階から小さならせん階段で上る。グループルームとしての利用も可能である。歴史を感じさせる重厚な建物で,知の威厳を感じさせる。一方で,現代的な利用ニーズや,外国語資料との統合といった課題もあることが分かった。

以下,スダリンナ図書館を含め,タリン市の図書館における興味深いサービスを紹介する。タリン市の図書館では「もの」の貸出しを行っている。スポーツ器具や健康器具などが比較的大きな分館で貸出されている。他に,スダリンナ図書館では,2017年から楽器の貸出しを行っている。リコーダー,デジタルピアノ,各種ギター,ハーモニカなどなど。楽譜などがあるコーナーの棚に鍵をかけて入っている。種類は非常に豊富である。購入前に試したいという利用者の声に応えるかたちで始まったもので,現在ではとても人気があるという。また,ペルグランナ分館では各種の道具を貸出している。ガーデンばさみ,バッテリー充電器(マキタ製!),電動ドライバー,耕運機,電動のこぎりなどなど。たまに必要だけど所有するまでもない道具が揃っている。

さらに,タリン市では「ミュージアムパス」という仕組みがある。これは市内12の美術館などの無料パスを図書館で貸出すものである。市立博物館,写真博物館,文学センターなどが対象で,14日間,貸出している。当初,美術館側も意義について半信半疑だったが,今では参加館が増加しているとのことである。市民に無料でこうした機会を提供することで,経済的理由で行けない人に行く機会を提供できる。また,市民の文化参加を活発化する点でも意義がある。パスは無制限ではなく,数に限りがある。他にスゥレ図書館では裁縫室を設置している。複数のミシンがあり,ジャノメ(!)もある。布地,糸,型紙は利用者が持参する。聞き取りの中では,ウクライナからの難民にとってもこうした施設が重要になっているとのことだった。

エストニア語を学ぶ機会の提供も図書館の重要な役割のひとつである。エストニアにはロシア語話者が約25%いるが,エストニア語が唯一の公用語である。しかし,必ずしもすべてのロシア語話者がエストニア語を学ぼうとするわけではない。ソ連時代に移住した人々との関係も含めて,文化的・政治的に多くの課題が残されている。その意味でも,図書館が言語や文化の面で果たす役割は大きい。タリン市の図書館では,ロシア語話者がエストニア語を学ぶための情報源を提供している。また,エストニア語の言語カフェでは,特にロシア語話者を対象とするものもある。

タリン市の図書館では,日本では行われていない各種のサービスをしている点で,参考になる。図書の貸出はもちろんやっているし,電子書籍も提供している。その意味では,日本の図書館と同じようなサービスも行っている。しかし,それ以外に,生活,文化,市民の切実な課題に根ざしたサービスを実施していると感じた。