この報告書は2023年に公表された1。「An Independent Review of English Public Libraries」が原タイトルである。DCMSの依頼を受けてエリザベス・サンダーソン氏によりまとめられた。同氏はThe Times紙の副編集長を務めた経歴を持つ上院議員である。近年の英国の公共図書館政策を考える上で,また英国の状況を知る上で役立つと考え,簡単にまとめる。調査はさまざまな関係者との対話や9回のラウンドテーブルの議論に基づいている。そして8つの推奨事項が示されている。
推奨事項の第1は,データハブの設立である。英国の図書館については包括的なデータが不足していること,CIPFA調査でも回答率は45%にとどまっていることが挙げられている。このため,来館者や貸出などのデータをAPI等を通じて収集するためのプラットフォーム構築が提言されている。LibraryOnとの連携も提起されている。挙げられた事例を見ると,粒度の細かいデータを取得し,地域の社会経済変数と組み合わせた分析も行い,アウトカム,インパクトを測定することも視野に入れている印象である。また,評価活動を通じて図書館が他の政策分野に貢献することを示し,価値を証明する意図もある。日本の文脈で述べれば『日本の図書館 統計と名簿』があるが,分析・評価(ビジュアル化も)は不十分である。『社会教育調査報告書』の個票も公開されていない。『社会教育調査報告書』の個票公表やRESASなどのデータ可視化プラットフォームとの接続が期待される。
第2はブランディング・キャンペーンである。図書館の認知度を高めるため,全国レベルでのブランディングや統一サインの導入が提案されている。ワルシャワでは図書館を示す看板が統一されていたことを思い出す。
第3は英国図書館の関与強化である。英国博物館・図書館・文書館国家評議会(MLA)の解散以降,公共図書館を巡る全国レベルの組織構造は断片化しており,DCMS,イングランド芸術評議会(ACE),地方団体協会(LGA),CILIP,Libraries Connectedなどはあるが,図書館と関わりたい人の「入口」が存在しないという。英国図書館はBIPCを通じてネットワークを築いてきた。こうした観点から,英国図書館の関与強化が提起されている。日本の文脈でいえば,この点はより状況が悪いかもしれない。確かに,文部科学省や日本図書館協会は一定の役割を果たしているし,また国立国会図書館,全国公共図書館協議会などはある。しかし政策を行政的なルートで実質的に企画し,機関間の連携を調整し,実施する全国的な機関は実質的にはない。
第4は利用券発行の拡大である。以前,イングランドでは児童生徒への自動発行の試みがあったが,データ保護の関係で進まなかった。そうした中,サマーリーディングプログラムやブックスタート事業を通じた発行は意義があるとしている。また,一つの利用券で全国の図書館を利用可能にすることも提案している。コンソーシアムであるTLCの実績もあげられている。韓国や台湾でも類似の試みがあった。日本でも設置率の大幅な上昇が見込めない状況では検討に値するかもしれない。ただし利用が集中する図書館が出てくることや,公共施設再編の中,施設を廃止する自治体が出てくることも想定されよう。
第5はボランティアネットワークの強化である。報告書では,ボランティアは職員の代替ではなくサポートであることをまず明記している。そのうえで,図書館サービスで,重要な役割を果たしていることも確認している。提言では,役割を図書館だけに限定するのではなく,他分野と連携することを提起している。例えば,ホームライブラリーサービスの担い手は地域住民の健康や生活向上に寄与することができる。また,コミュニティ図書館の持続性の観点にも言及している。そうした図書館では,ボランティアが数年で疲弊する問題があるという。
第6は図書館大臣設置と政府内の連携強化である。図書館は教育,文化にとどまらず,福祉,子育て支援,移民,健康などと関わるようになっている。2016年の”Libraries Deliver: an Ambition for Libraries in England 2016-2021″でもその傾向は明らかである。地方財政が逼迫する中で,異なる政策領域の事業の乗り入れが進み,複雑化している。そのため,政府内のコミュニケーションを改善する必要がある。そこで,芸術・文化遺産大臣の名称に「図書館」を加えることが提案されている。そして,大臣主催のラウンドテーブルを定期的に開催し,関連政策分野との調整を進めることで,政府内の連携は大きく改善されると述べられている。特に連携が必要な領域として,デジタルインクルージョン,健康,メーカースペースなどが挙げられている。政府内のコミュニケーション改善は日本でも同様の状況ではないだろうか。
第7は図書館Laureate職の創設である。図書館を代表するアンバサダーを指名して,社会の関心を高めるための活動を担ってもらうというものである。こうした取組は行政をはじめ様々見られる。有効な手法かもしれない。
第8は図書館週間の時期変更である。議会会期中に設定することで,議会で話題になりやすくなるというものである。いかにも議員らしい指摘である。日本ではすでに国会会期中の4月30日が設定されているが,あまり話題になったということは聞かない。しかし,秋の読書週間では読書関連の報道が増える印象があるので,時期をうまく設定して何らかのキャンペーンをうつことは有効かもしれない。
この独立調査に対して,DCMSは2024年に政府の対応を示している2。前向きな姿勢が示されているが,多くは「検討」とされ,直ちに実施されるわけではないようである。ちょうど,政権が保守党から労働党に変わったこともあり,取り扱いがどうなるかは不明である。図書館の専門家による報告であれば具体的なサービスの方向性が示されたかもしれないが,本報告は政治家らしい視点からの提言という印象である。
- https://www.gov.uk/government/publications/an-independent-review-of-english-public-libraries-report-and-government-reponse/an-independent-review-of-english-public-libraries#undertake-a-scoping-exercise-for-a-consistent-national-branding-campaign-to-raise-awareness-of-our-libraries ↩︎
- https://www.gov.uk/government/publications/an-independent-review-of-english-public-libraries-report-and-government-reponse ↩︎