エスポー市の人口は約30万人であり,フィンランドで2番目に大きな自治体(クンタ)である。ヘルシンキの西に位置し,市域は大きく5つに分かれている。それぞれの地域には中核的な図書館がある。市全体では分館を含めて16館ある。このような配置は,エスポーの居住実態に合っており効率的であるとされている。中核図書館の多くは商業施設近くに立地しており,多様な利用者を呼び込む上で有利であると聞き取りの際,説明があった。小規模図書館では,「セルフサービス図書館」と呼ばれる方式を導入している。これは図書館員がいない時間帯でも利用可能にする仕組みである。ただし24時間利用可能というわけではなく,例えば9時から16時までは図書館員がいて,それ以降,20時まではセルフサービスになるといったものである。
フィンランドでは,個別自治体ごとの図書館統計データが提供されている1。これらはフィンランド国立図書館の公共図書館サービス開発センターが運営している。2024年の統計によれば,エスポー市の蔵書数は64.2万点,イベント開催数は3,000回,利用者教育は2,595回,職員数は189.6人,ひとりあたりの貸出点数は13.5点である。活発に活動している2。ついでに述べておけば,同機関は全国の図書館の基本的情報を「図書館ディレクトリ」としてまとめている3。
今回訪問したSello図書館は,レッパヴァーラ地域の拠点館であり,駅からすぐ近くである4,5。2003年に開館し,目の前には大型ショッピングモールがある。図書館は2フロアからなり,かなり広い。館内に入ってすぐ右側にはラウンジのようなスペースがあり,左側には予約図書の棚がある。目の前には「夏のフィンランド」という展示が設けられている。こうした展示は館内の至るところで見られた。入り口前は他にも,自動貸出機,返却機,図書館員のサービスポイントなどが集中している。ここで興味深いのは,図書館員がカウンターに座って利用者を待つわけではない点である。貸出返却や予約受取のセルフ化によって,マンパワーを他の業務に振り向けているという。「ムービングライブラリアン」と言っていたと思うが,このことは別に書きたい。
ロジスティックの面ではRFIDが導入され,効率化が図られている。HELMETネットワークでは,以前から複数市を統合した図書館システムを導入しており,近々,新しいベンダーとの契約が予定されているという。
入口入って右側の先には,青少年向けの「Pointti」というコーナーがある。12歳から20歳を対象としており,かなりの規模の部屋である。ここには図書館員だけでなく,若者の自立や社会参加を支援する「ユースワーカー」という専門職も配置されている。Pointtiでは若者を呼び込むための様々な取組が行われていた。コミック,チェス,PS5,鍵付きスマホ充電器,ボードゲームなどなど。BookTokで紹介された資料も展示されていた。ちなみにフィンランドではビデオゲームを図書同様に貸出しているが,それは,この図書館による同国著作権評議会への申し立てで可能になったようである6。
図書館奥には「エスポーインフォメーション」という市の出張所がある。その隣にはコピー機,プリンター,さらにその隣にはメーカースペースがある。ここには3Dプリンター,ミシン,アイロン,裁縫用の人形などが置かれている。図書館員は近くにはいるものの,常駐しているわけではない。セミナーを定期的に開催して使用方法を伝え,あとは基本的には利用者が自ら使いこなしていく。当日訪問時は平日の午前中だったが,3人の利用者が3Dプリンターで作業していた。ちなみに説明をしてくれた図書館員は,「私たちはuserとは呼ばず,clientと呼ぶようにしています」と強調していた。単なる受動的なサービスの受け手ではなく,対等な立場の協働相手と捉えているようであった。
入口近くには,ポール,空気入れ,楽器,血圧計などがガラスケースに入っていた。ものの貸出コーナーである。1階奥には児童コーナーがあった。ここにだけ図書館員が常駐していた。その隣接するスペースにも児童書が並んでいた。ここはかつてCDを置いていた場所で,現在も音楽スタジオなどがある。しかし,何年か前に大幅に改装しイベントスペースなどが設けられた。CDを大幅に減らすことは大きな転換であり,驚いた職員もいたようである。しかし,図書館は社会の変化に応じて自ら変化することが必要であり,それを恐れてはいけないとの説明があった7。現在は高齢者向けの体操プログラムなどもここで実施されている。
Sello図書館では,ボランティアとの連携も積極的である。訪問時にはアフリカにバックグラウンドのある高校生がボランティアとして排架作業をしていた。とても真面目な青年であった。1ヶ月間,ここで業務に携わるという。読書会もボランティアと協力して開催している。中には「サイレント読書会」と呼ばれるものもある。「?」と思ったが,集まって静かに読書する読書会とのことだった。ひとりだと気が散って読書できないが,みんなだとできるという人が参加するという。
上の階には大人向けの図書とスタッフルームがある。図書の中には多言語の図書が並んでいる。フィンランド語,スウェーデン語,サーミ語,英語をはじめとするさまざまな言語の図書がある。日本語の図書は他の図書館に集められここにはなかった。開架スペースにも多くの席が設けられている。読書室のようなガラス張りの個室も多くある。そうした部屋では静かにすることが求められるが,それ以外のスペースでは自由に会話が可能である。館内は吹き抜けのため,子どもの声が下の階から響くこともある。図書館員も普通の声で案内しており,少しくらい音がある方が心地よいという利用者も多いようである。
エスポー市では,LIRP(Library Inventory and Resource Planning)という補助的な管理システムも導入している8。これはHELMETのシステムを補完するもので,RFIDを活用して蔵書点検,受入,検品,書誌との連携,請求記号印刷までの流れを効率化するものである。このシステムは図書館員自身の手によって開発され,市長によるイノベーションコンペティション賞の品質イノベーション賞を受賞している9。このシステムを動かす前提としては,図書館システムが外部システムと連携する口が用意されていないといけないが,日本の図書館システムではどの程度,用意されているのだろうか。
フィンランドでは多様なバックグラウンドを持つ人が暮らしており,図書館でもそうした人々の採用を意識しているという。ボランティアでもそうした人が働いていた。職員は,文化的背景の違いを超えて,市民として帰属意識(sense of belonging)をいかに育てるかが重要であると語っていた。公共図書館法第2条5項では,「積極的な市民権,民主主義,言論の自由」が目的とされ,その前提として「コミュニティ,多元主義,文化の多様性」が明記されている。エスポー市では,公用語以外の蔵書は12.4万冊(全体の20.1%)ある。図書館内のさまざまな場所には「Principles for Safer Space」が掲示されており,差別の禁止や尊重,適切な介入の方針が示されている。こうした取り組みにより,安心して過ごせる空間づくりが進められていた。






- https://tilastot.kirjastot.fi/index.php?lang=fi ↩︎
- エスポー市のイベントの実施状況について,以下の文献が詳しい。大谷杏. (2017). フィンランド公立図書館における移民対象イベントの成立要件―エスポー市立図書館で開催されている各種イベントに着目して―. 都留文科大学研究紀要, (85), 165-182. ↩︎
- https://hakemisto.kirjastot.fi/ ↩︎
- https://hakemisto.kirjastot.fi/espoo/sello ↩︎
- 久野和子. (2016). フィンランドにおける 「第三の場 (サードプレイス)」(third places) としての図書館. 神戸女子大学文学部紀要, 49, 101-114. ↩︎
- https://www.kirjastot.fi/pelin-paikka-blogi/EU-p%C3%A4%C3%A4t%C3%B6s-2015 ↩︎
- 2008年頃の映像がYouTubeで公開されている。大きなカウンター,CD置き場など,現在とは大きく異なる。https://www.youtube.com/watch?v=HaW2U0g8Grs ↩︎
- https://www.youtube.com/watch?v=mYv6LgEpKnQ ↩︎
- https://www.espoo.fi/en/news/2024/11/honorable-mention-espoo-city-librarys-lirp-system-quality-innovation-award-competition ↩︎