ワンズワース区では,2025年7月に「Library First」という戦略計画を策定した。計画期間は2030年までである1。英国の多くの自治体が図書館の縮小に動く中,ワンズワースは積極的に図書館整備を進めている。ここでは,ワンズワース区で策定した戦略計画を見てみたい。
ワンズワース区の人口は約33万人であり区内には図書館が11館がある。運営はGLLに委託されている。公式ウェブサイトによれば,2023年から2024年の貸出点数は200万点以上で,うち75%が物理資料である2。前年と比較して貸出は2%増加し,貸出密度は7程度である。さらに,ワンズワースの図書館は「Library of the Year」にもノミネートされた実績を持つ。
計画策定にあたっては,全国的な動向や実地調査(ウォークイン調査)を実施している。実地調査では259名に簡単なインタビューが行われた。また,策定過程ではGLLと密接に協議を重ね,実現可能性を確認している。計画は9つのテーマから構成され,それぞれに5つ前後の到達目標が設定されている3。到達目標には,(1)達成に必要なこと,(2)連携機関,(3)成果を測る指標,(4)初年度の優先事項が示されている。たとえば「開館時間の延長」では,(1)としてGLLとの契約,(2)として議会とGLL,(3)として利用者増と満足度向上,(4)として試行と実施状況の監視が記載されている。連携相手や指標を明確に設定している点は,日本の計画策定にとって参考になる。日本の計画では,こうした点を不明確なままにしていることが多い。
9つのテーマは次の通りである4。1. すべての人に開かれている,2. 地域とのつながり,3. 学び,4. 読書,5. ウェルビーイング,6. 情報,7. 文化,8. デジタルインクルージョン,9. 持続可能性。これらの中で,目についた取組を挙げる。
まず1.では,開館時間の延長の試行がある。また,図書館を資料の利用だけでなく,勉強や仕事,Wi-Fi利用など多様な目的に対応できる空間にすることを挙げている。日本でもしばしば話題となる開館時間延長はロンドンの多くの図書館でも課題となっている。また,図書館の資料と無関係な館内利用推進を当然なこととして挙げている。次に,2. では,孤独解消のためのイベント,英会話グループの拡充,無料コーヒー提供日の拡大がある。無料コーヒーの提供は,決まった日時にコーヒーを提供するもので,利用者は図書館に暖まりに来たり,交流したり,新聞を読んだり,インターネットにアクセスしたりすることができる5。
5. では,特別な支援を必要とする児童・生徒向けのコレクションやプログラム整備,認知症や自閉症の人も安心して利用できる環境づくり,医療情報へのアクセス提供,ヨガやピラティスなどのプログラム提供,あたたかい場所の提供といった取組がある。6. としては,住民に自治体や連携機関の活動をチラシやポスターで伝える,新住民に必要な情報を提供する,「Libraries of Sanctuary」の認定を受ける,政治参加を促すプログラムを紹介するといった施策が盛り込まれている。7. では,図書館は利用するが展覧会や劇場への参加が少ない層に対し,芸術や文化活動を積極的に実施する方針が示されている。そうした層として,アジア系,黒人などが挙げられている。日本では取り組まれていないものも多いと感じる。
計画策定にあたり実施された調査によれば,図書館利用の目的として最も多かったのは学習スペース利用(46%)であり,次いでWi-Fiやコンピュータ・プリンタ利用(37%),資料の貸出・返却・閲覧(36%)である6。そのほか,暖かい場所(14%),人との交流(11%)が続く。図書館の「本来的利用」が少ない点が注目される。ただし,これは,ワンズワース区に固有の状況と思われることに注意が必要である。アーツ・カウンシル・イングランドのデータでは,読書資料やメディア資料の閲覧,貸出,返却(60%),子供を連れて図書を借りたり,閲覧したり,返却したりすること(27%),無料Wi-Fi,コンピューター,プリンターの利用(23%)、図書館を学習スペースとして利用すること(19%)と続いている7。
計画の内容面を概観して,社会的包摂,社会参加の促進,健康促進と関連するプログラムが多く含まれていることに驚かされる。図書館が資料・情報提供機関という枠を超えて,多機能化した別の存在になりつつあるようにも思える。こうした動向をどう捉えるべきかは難しい。このことを考える上で,参考になるのが以下の新聞記事である。
2024年7月3日のFINANCIAL TIMESの記事は図書館閉鎖の動向を伝えつつ,図書館の役割の重要性を強調している8。そして,安定的な政府資金の必要性を訴えているが,同時に図書館が他の公共サービス削減の穴埋めに追われ,中核的サービスが疎かになっている現状を警告している。2010年以降の英国の緊縮財政は図書館閉鎖をもたらしたが,同時に多くの公共サービスも縮小した9。公共図書館はそうした機関が担っていた役割の一部を担おうとしているわけである。Library Firstも,こうした文脈で捉えると施策の方向性を理解しやすい。
- https://wandsworth.gov.uk/news/news-july-2025/wandsworth-s-ambitious-plan-for-libraries-puts-them-at-the-heart-of-the-community/
https://democracy.wandsworth.gov.uk/ieListDocuments.aspx?CId=792&MId=10108 ↩︎ - https://www.wandsworth.gov.uk/news/2024-news/news-may-2024/more-than-a-million-people-visit-wandsworth-libraries/ ↩︎
- https://democracy.wandsworth.gov.uk/documents/s120993/25-206%20Appendix%20B%20-%20Libraries%20First%20Action%20Plan.pdf ↩︎
- https://democracy.wandsworth.gov.uk/documents/s120992/25-206%20Appendix%20A%20-%20Libraries%20First%20Strategy.pdf ↩︎
- https://www.wandsworth.gov.uk/news/news-january-2025/i-feel-warm-as-soon-as-i-walk-through-the-doors-wandsworth-s-community-spaces/ ↩︎
- https://democracy.wandsworth.gov.uk/documents/s120994/25-206%20Appendix%20C%20-%20Walk%20In%20Library%20Survey.pdf ↩︎
- https://www.librariesconnected.org.uk/facts-and-figures ↩︎
- https://www.ft.com/content/9b5f3765-dc64-42ce-b8a2-e70fc909c5f8 ↩︎
- ここら辺の状況は,例えば以下の図書などを読むと実感としてよく分かる。Brady, Mikako. 子どもたちの階級闘争. 東京, みすず書房, 2017. ↩︎