ヘルシンキ市立パシラン図書館(Pasilan)
この図書館は,市の中心部から少し離れている1。1986年からサービスを提供しており,2階建ての独立した建物である。地下には書庫があり蔵書数は22万冊である。中央に円形の吹き抜けがあり,その下の一階部分には「池」がある。池には願いを込めたコインが多く投げ入れられている。入口を入ってすぐのところにはカウンターがあり,職員はここと2階のメーカースペース近くに常駐している。最近はフィンランドも暑いようで,来館者が自由に水を飲めるようガラスのコップと水の入った容器が置かれていた。また,入口近くにはスマートフォンの充電ができるロッカーもあり,充電中は端末をロッカーに入れておくことができる。これは他の図書館でも見た。ヘルシンキの図書館は利用者が多い。ここでは,特に外国にバックグラウンドを持つと思われる人が目についた。と思ったら,当日はちょうど言語カフェが開催される日で,それを目的に来館している人も多かったようである。とはいえ,そうした機会に図書館を訪れ,実際に利用につながっているのは重要である。館内には多くの人が滞在していた。十分なスペースが確保されていれば,それに応じて滞在利用も増えるようである。1階には文学書,児童書,一般書が並んでおり,多くの棚で面陳されていた。これはRikuと同様である。予約資料のセルフ受取棚もある。受取棚には日本のコミックも目についた。ちなみに市内の書店でコミックの価格を見ると,『進撃の巨人』は10ユーロ,『鬼滅の刃』は15ユーロ,『銀牙』(懐かしい!)はディスカウントされて3ユーロであった。1ユーロ170円で計算すると,コミック1冊が定価で1,700円から2,550円ということになる。日本の感覚からすると躊躇する値段である。この図書館ではビデオゲームの貸出も行われていた。各言語の資料も充実している。英語,スウェーデン語,ロシア語などの資料が多かった。日本語の図書は2.5棚ほどあった。2階は円形の吹き抜けの周りにPCが並び多くの利用者が使用していた。基本は最大4時間まで利用できる。視聴覚資料のコーナーにはCDやDVDがある。そこにヤマハの電子ピアノもあり,イヤホンをつけてずっと弾いている利用者がいた。エフェメラ資料もしっかり収集されていた。2階にはマイクロフィルム室やメーカースペースもある。3Dプリンターやミシンなどさまざまな機材がある。訪問時は,大判プリンターやラミネート機を使っている人がいた。こうした機材の利用方法は毎週開催されるワークショップで教えられている。この部屋に職員は常駐していなかった。ものの貸出もしている。ラドンメーター,デシベルメーター,エネルギーメーターなどの計器類のほか,ウクレレ,マラカスなどが入ったリズムバック,もちろんボードゲームなども貸出していた。計器類は寄付によるもののようだが,日常的に使うものではなければ利用者にとってはありがたいことだろう。言語カフェが毎週水曜日に開催されており,予約なしで参加できる2。この日は20名から30名ほどの参加者があり,3つのグループに分かれてテーブルを囲み話をしていた。参加者の背景はさまざまで,アジア系,アフリカ系,中東系などである。コーディネーターは図書館員ではなくボランティアであった。「カフェ」とはいうものの,夏のこの時期はコーヒーは提供されないそうである。この日は気温が25度であった。図書館では,このほか,ヨガクラス,英語読書クラブ,アラビア語での創作などを定期的に開催している。館内の雰囲気は,かなりにぎやかであった。説明を受けた際も,図書館員は通常の声で説明しており,特に声を潜めることもなかった。言語カフェもオープンなスペースで開催されていたし,利用者同士が館内で普通に会話している姿も見られた。もちろん静かな環境を望む人のためには静かな部屋(Reading roomなど)も設けられている。大声でしゃべるようなことは当然ウェルカムではないが,普通にしゃべる範囲であれば問題なく,静かな場所を求める人はそうした部屋に行って,という発想であろう。
ヘルシンキは4自治体(エスポー,ヘルシンキ,カウニアイネン,ヴァンター)の共同図書館システムであるHELMETを構成している。これは公共図書館法第5条が基礎自治体の図書館運営を自らまたは協力して行うこと,と規定していることと関係している。図書館システム(ILS)は共通化されており,資料はどの自治体でも貸出・返却・予約が可能である。パシラン図書館はHELMETおよびヘルシンキ市内の図書館資料の物流の中継拠点としての機能も担っている。また,ヘルメット参加図書館の共同保管書庫もある。HELMETのロジスティックという点では,重要な役割を果たしている。自治体間の連携が,図書館システムの共通化や共同保存書庫設置などにまで進んでいる点は興味深い。






ヘルシンキ市立カリオ図書館(Kallio)
エラインタルハンラヒ湾から坂をのぼった先にある3。1912年に建てられた赤煉瓦の建物である。建設に際しては,アメリカの図書館を視察して参考にしたとのことである。当時は労働者階級が多かった地域とのことで,地域の人々が資金を出し合って設立された図書館がルーツになっている。ちなみに,この図書館はフィンランドで初めて公的資金で建てられた図書館でもある。当初,アールヌーボー様式の建築が構想されたそうだが,予算の制約もあり,古典主義的な要素を取り入れた折衷的な建物になったという。訪問時,図書館員の方から「小泉隆氏の『北欧の美しい図書館』を読みましたか?」と尋ねられた。未読だったが,この図書館も取り上げられているという。それはそうだ,という図書館である。訪問したのは7月下旬である。入口を入って右側にカウンターがあり,その手前には図書の返却処理用の大きな機械がある。職員が常駐しているのはこのカウンターと,3階の児童室のみであった。各階には左右に小さな小部屋があり,閲覧席などとして使われている。PCで作業している利用者もいる。椅子やテーブルが適宜配置され,スタンディングで作業できる机もあった。滞在する利用者も多かった。この図書館の2024年の貸出点数は25.4万点4で,来館者数は35.8万人5である。貸出点数では規模の点で大きく異なるOodiの55.5万点の半分弱である(Oodiの来館者は249万人)。書架の面陳は他の図書館と同様である。3階の階段の先には本を読む子どものブロンズ像があり,その頭が光っていた。子どもが触るのである。この図書館で特に印象に残ったのは,非公開となっている半地下の探偵小説の部屋である。ここには地下の図書館員用の部屋を通っていく。以前は図書館の管理人さんが住んでいた場所とのことであった。キッチンも併設されており,市民に貸出されてパーティーなども開かれるという。隠れ家のような雰囲気で,「住みたい」という人が多いのも頷ける。1階奥には,中二階になった閲覧スペースがある。ここの天井はドーム状で,上から光が差し込む美しい空間である。3階にも面白いスペースがある。屋根裏部屋のようなイベントスペースで,1989年の改築時に加えられたものである。3階は児童スペースになっており,その奥にこのスペースがある。部屋にはプロジェクターも設置されていて,イベントがなければ自由に利用できる。学級訪問の際などに,この部屋が使われているとのことだった。100年以上前に建てられた図書館だが,貸出返却する利用者も,館内で滞在する利用者も多く,依然として活発に利用されているのはある意味,驚くべきことでもある。よい図書館というのは,機能的耐用年数が「長め」なのかもしれない。






ヘルシンキ市立リハルディンカトゥ図書館(Rikhardinkadun)
この図書館はヘルシンキの中心街のすぐ近くにある6。「リハルディンカトゥ」は図書館の前の通りの名称で,通称「Riku」と呼ばれる。Oodiからおよそ1キロの距離にあり,分館としてはかなり大きい。建物はネオルネッサンス様式とのことで,立派である。1881年に建てられ,1986年までヘルシンキ市の中央図書館であった。日本の図書館ではなかなか見られない古さである。建物の構造は,各階ごとに中央部と左右の部分に分かれている。歴史を感じさせる入口を入ると階段がある。図書館内は多少のざわつき感はあるが基本的に静かある。RFIDが導入されており,自動貸出機が設置されている。OPAC(蔵書検索システム)を見ると,ヘルシンキ市だけではなく「HELMET」と呼ばれる周辺地域を含む図書館連合のものが初期設定である。また,Androidタブレットの貸出も行われていた。このタブレットはHubletと呼ばれるもので,図書館提供のコンテンツにアクセスできる。利用環境や記録は外部サーバに残るようであるが,端末側の利用履歴データはリセットされる。なので,ログインをするごとに自分の環境を再現できるようである。
訪れたのは平日の18時過ぎである。1階は特に多くの来館者が行き来していた。さすが北欧の図書館である。2024年の貸出点数は約19万点である。入口向かって右側にはブラウジングスペースがあり,PCを使っている人,ボーとしている人などがいる。左側はYA向けのスペースで,中央の机にはチェスが置かれていた。その近くに「最後に読んだ本は何?」というテーマのボードがあり,利用者が色紙に書いて貼り付けられるようになっている。「エコシェルフ」や「レインボーシェルフ(LGBTQIA+)」といった棚もあった。これらは,テーマ固定の棚で市内他の図書館でも実施している。レインボーシェルフでは,性的マイノリティ,ジェンダーマイノリティ,レインボーカルチャーに関する図書を展示している。こうした展示は,図書館の使命を規定した公共図書館法第6条6)の「社会的,文化的対話の促進」と関係しているように思う。エコシェルフ近くには「子ども環境活動認定証(アクティビスト・ディプロマ・ジュニア)」というワークシートがあり,「地元の森で時間を過ごしましょう」等のテーマごとに自分の取組を書けるようになっている。最後は「自分の思いを表すために,抗議のプラカードを作りましょう」である。こうしたワークシートは他にもある。利用者になんらかの行動を促す仕組みが多くある。その奥には児童室がある。今月の作家としてヘルシンキ出身で4月に亡くなったハンヌ・タイナの特集展示があった。日本でも絵本が翻訳・出版されている。さらに奥にはプレイルームがあり,遊具やソファ,クッションが配置され,声を出しても安心な空間になっていた。
正面奥には図書館員がいるカウンターがある。ここで貸出返却を行っていた。この時間,図書館員はこのカウンターと児童室にだけ常駐していた。当日返却された本は分類ごとに並べられている。かなりの量である。プリンターがあり,USBやパソコンから印刷できる。下の階はヘルシンキ芸術家協会の美術品貸出オフィスがある7。絵画,彫刻,写真などの貸出(有料)や購入ができる。地元アーティストの支援につながる,とても良い取り組みである。その横に出口があり中庭になっている。ここも開放されており,イベント&ラウンジスペースになっている。女性がひとり,読書していた。
2階(A階)に上がると,ロビーのようなスペースに「アーティストブック」と呼ばれる図書が展示されている。タルトゥ市立オスカー・ルツ図書館本館で見たようなものである。公式サイトによると,この図書館は500冊超のアーティストブックを所蔵している。この階ではピア・シイララ氏によるシベリア北東部の調査旅行に関する展示も行われていた。氏は6月にこの図書館で講演も行っている。左奥の開架スペースには,フィンランドのフィクションが著者順に排架されている。ジャンルを表すシールだけが背に貼られていた。図書はブッカー(透明なカバー)が日本の図書館同様かけられていた。ブッカーは納品業者が機械でかけているようである。このエリアでは日本のコミックをかなり多く所蔵していた。2階より上には図書館員の席があったが,姿は見られなかった。この階から上はらせん階段を上っていくことができる。これは,ブックタワーと呼ばれている。台中市の図書館のものを大規模にしたようなイメージである。
3階(C階)は外国語文学が中心で,スウェーデン語が最も多く,次いで英語,他にドイツ語,イタリア語,スペイン語などが続く。この階には0類から499までの図書もある,左奥にはかなり広いサイレントルームがあったが,無人であった。上の階に行くほど利用者は少なくなる。この日はヘルシンキも24度まで気温が上がっていたが,図書館内はクーラーがないようで,図書館員のいるスペースのみ扇風機があった。4階(D階)は500-699,および7類の一部が置かれている。奥には古書の展示もあった。展示されていた図書の出版年を見ると1844年などのものがあった。最上階(E階)は9類の歴史関連資料が中心で,奥にヘルシンキの地域資料(Rikuコレクションと呼ばれる)が所蔵されていた。かなり充実している。また,らせん階段の一番上には大理石の女性像がある。これは1923年に市内の公園に設置され以降,展示されていたものである。いたずらなどもされることがあり1994年からはこの図書館に置かれている。フィンランドを代表する彫刻家Wäinö Aaltonenによる作品とのことである。
貸出返却の利用者や閲覧を利用者など,多くの利用者が来館していた。分館とは思えない大規模な図書館であった。施設は古いが,伝統を感じさせる図書館である。一方で,最新の技術導入や環境問題やLGBTQ+のテーマ展示など,新しい取組にも積極的だった。ヘルシンキ愛も感じる図書館であった。






ストックホルム中央図書館とスペルボムスカン図書館
ストックホルム中央図書館は有名である。360度広がる書棚の図書館である。是非訪れたいと思っていたが,残念ながら2027年まで改修中である。とはいえ,外観だけでも見ておこうとKBから歩いた。20分ぐらいか。やはり改修中であった。うしろにちょっとした丘があり,せっかくなのでそこから改修中の図書館の写真を撮っておこうと歩いて行くと,工事中の中央図書館から20メートルほどのところにスペルボムスカン図書館(Spelbomskan)があった8。小規模な分館で,公式ウェブによると仮設施設との位置づけである。ただし建物自体は仮設ではない。コレクションは子ども,若者向け中心とのことだったが,館内には高齢者が多くいた。大人向きの図書もそれなりに所蔵している。資料にはブッカーがかかっており,RFIDが入っていた。返却機はLyngsoe Systems社のものである。奥にYAコーナーがあり,右へ行くと児童コーナーになっている。この図書館では興味深いサービスが二つあった。一つは,毎月1回,通常は閉館している土曜日に発達障害を持つ家庭向けに開館していることである。コーヒーなども出されるという。予約は不要である。もう一つは,ストックホルムの図書館でもミュージアムカードの貸し出しをしていた。タリンでも行われていたものである。ミュージアムカードを借りることで,本人ともう一人まで市内7つの美術館などを利用できる。北欧では職員の服装が自由である。ここでは男性職員が短パン姿であった。ここではないが,鼻ピアス,ヘソ出し,パンクロッカーのような図書館員もいた。日本ではちょっと無理だろう。服装と言えば,黒いおそろいのおしゃれなTシャツを着ているところもいくつか見かけた気がする。丘の上のケンタウルスの彫刻があるところからストックホルム中央図書館の写真を撮った。



スウェーデン国立図書館 KB
スウェーデン語で「Kungliga biblioteket」と呼ばれ,略してKBともいわれる9。建物は国立図書館らしく重厚である。ただし改修中であった…ここも! 図書館はフムレゴーデン(Humlegården)という公園内に1800年代に建てられたものである。その後,何度か改修が行われているが,1階の閲覧室は建設当初のままである。そこは出納してもらった図書を閲覧する場所である。館内ではいくつか展示も行われていた。一つはネリー・ザックス展である。ドイツのユダヤ系作家でナチスの迫害を逃れて1940年にスウェーデンへ亡命した人物である。1966年にノーベル賞を受賞している。展示では著書や原稿のほか,ノーベル賞の賞状(Nobel diploma)やメダルも並んでいる!と思ったらともに本物ではなかった。他にもノーベル賞受賞作家展や国立図書館の活動紹介などがあった。建物奥には新たに設けられたガラス張りの閲覧室があり,天気のよい日は光がずいぶん下の階までとどく。面白いのは,入口のある階が5階とのことで,そこから新しい閲覧室を降りていくと4,3,2,1と階数が下がっていく。地下40メートルの1階は深い地下にある。そこから上を見上げると見事な光景である。永田町のNDLの最下層から上を見上げた光景を思い出した。常設展示と思われるが,巨大な写本「Codex Gigas」もあった10。30年戦争時に戦利品として持ち帰られたものである。これほど大きな写本は見たことがない。これは悪魔の絵でも有名である。
1661年には最初の納本に関する法律ができ,資料収集が始まっている。国立図書館は,国の図書館としてさまざまな役割を担っているが,公共図書館との関係でも重要な役割を果たしている。公共図書館との関係で目についたものを紹介したい。まず,①全国的な観点から図書館分野の計画を策定している11。これは国家行動計画と呼ばれておりデジタル化など公共図書館にとって重要な取組が含まれている。次に,②詳細な図書館統計をまとめている。日本図書館協会の『日本の図書館 統計と名簿』(電子版)に相当するようなデータをオープンデータ(PDFやxlsx)として提供している12。③多文化サービスにおいても重要な役割を果たしている。イディッシュ語など少数言語の電子書籍を提供する「Bläddra」アプリや,アラビア語,ウクライナ語,タイ語など移民向けの電子図書館「世界の図書館(Världens bibliotek)」を他の機関と連携して提供している。さらに,多言語貸出センターをストックホルム市に委託して運営し,全国の図書館に貸出している。また,④図書館員の継続教育のためのプラットフォーム「Digiteket」を運営している13。これは王立図書館の委託を受けてマルメ市立図書館が運営しているもので,研修コース,記事,リソースといった項目ごとに様々なテーマを扱っている。読書,子どもの言語能力,市民参加,人材育成,デジタルによる創造,ITセキュリティ等々。⑤図書館法によりすべてのリージョン,コミューンは図書館計画の策定義務があるがその策定支援を行っている。⑥全国の図書館が参加する共同目録システム「Libris」も運営している14,15。LibrisではKBの全国書誌データを事前に収録しており,各種電子リソースや世界中の国立図書館のデータも取り込める。別の図書館でシステムを見せてもらった際,日本のNDLの取り込み口は見当たらなかったような気がする。Librisでは,個々の参加図書館の図書館員は自ら書誌データを作ったり,修正したり,検索語を追加したりしている。コピーカタロギングが可能なので,MARCを購入する必要はない。最後に,⑦保存センターおよび貸出センターの運営を委託している16。国内の図書館からの廃棄資料を寄贈してもらい,Librisを通じて全国の図書館にILLで提供している。日本にある共同保存図書館・多摩の公的・全国版といえる。



ストックホルム市立ホーンストゥルス図書館 Hornstulls
ストックホルム市はストックホルム県に位置する。市の人口は約100万人である。11の地区に分かれているが,図書館は市の文化局に位置づけられている。市内の図書館数は統計データでは46館となっているが,公式ウェブでは39館とされている17。数え方の違いによるものであろう。職員数は360名で予算は市からの予算の他,国や広域自治体(県)からも役割に応じた資金を得ている。ポーランドなどと比較すると図書館数は少ない。統計によれば物理的資料の貸出点数は約400万点である。うち120万点は再貸出である18。延滞に料金が課されるため,利用者にとって再貸出手続きは重要である。『日本の図書館 統計と名簿』では分けていないように思うが,実態としてどうなのであろうか。このことは,統計データの評価にとってはかなり重要である。訪れた図書館はレンガ作りの建物である19。入口を入るとプリンターが設置されていた。かなり多くの人が利用している。ストックホルム市の図書館ではPrinchというサービスが利用できる。日本ではコンビニの複合機などでプリンターとしての機能を利用できるが,ここでは図書館がそうした役割を果たしているようであった。すぐ近くに職員用のカウンターがある。奥にもカウンターが2席あるがともに一人用である。大きな机のカウンターは北欧では時代遅れなのかもしれない。図書館の規模は大きくないが,多くの利用者がいた。訪れたのは平日午後である。さまざまなタイプの閲覧席があり,スマホを見ている人,資料を読む人,PCで作業をする人など様々であった。この図書館では利用者の「視線」に配慮した閲覧スペースづくりがされていた。ひとり用のソファーは皆,同じ方向を向き,4人用の机には視線を遮る仕切りが置かれていた。書架は移動可能で,木目を活かした低書架であった。移動式のものは,他の図書館でも見た。書架の一番下は傾斜がつき,タイトルが見やすい。特集として,最近亡くなったオジー・オズボーンの追悼と,LGBTQ+が目についた。後者は「ストックホルムプライド」が訪問した日から始まっており,市全体での取組に合わせたものである。市内を走るバスにもレインボーの旗が掲げられていた。入口には利用者へのお願いが掲示されていた。館内では利用者やスタッフへの配慮,飲酒や薬物の禁止,人種差別や暴力,虐待を容認しないことなどが明記されていた。また,差別禁止法に基づき,性別,性自認,宗教,障害等による差別を行わないことも記されていた。市民が安心して利用できる環境づくりがなされていた。この図書館の近くに地下鉄の駅があり,そこではストックホルム市の図書館の広告があった(写真右下)。以前,日本の千代田区の図書館でも同様の取組をしていたが,日本ではあまり一般的ではないと思う。
ストックホルム市の図書館では電子書籍関連サービスとしてBiblioを提供している20。スウェーデンでは260以上の公立図書館が導入しているとのことである。各種図書館システム(LMS)と連携可能とのことだが,今は別サイトで検索するようになっているようである。スウェーデン語のタイトル数は8万点以上である。他にも,国立図書館(BK)のところで紹介した「Världens bibliotek」や「Bläddra」も利用できる。また,障害者向けにLegimusが紹介されている。これは,録音図書や点字図書データに利用者が直接アクセスできるものである。運営はスウェーデン文化省所管のMTMで,図書館ではアカウント取得等の支援を行っている。






ナッカ市立ディーゼルヴェルクスターデン図書館Dieselverkstaden
この図書館は,ストックホルム市に隣接するナッカ市にある。ナッカ市はストックホルム市の南に位置するベットタウンのようなところのようである。比較的,高所得で高学歴層が住む町といわれている21。自治体の人口は約11.2万人で,図書館は6館ある22。図書館統計によると,貸出密度は5.2で県内2番目,一人あたりの来館回数は7.1回と最も多い23。この図書館は2004年から民間委託され,その後市内の2館が同一の団体に委託された。2019年以降,残りの3館が別の団体に委託されている。図書館の委託はスウェーデンではここだけのようである。このことはスウェーデンの図書館界で大きな議論を呼んできた24。運営側は委託による効果を主張する一方,反対派は有利な条件に恵まれている点を考慮すべきと指摘している25,26。委託の契機や制度的位置づけについては,調べていない。図書館は文化関連施設が集まる文化センターの1階にある。隣にはアートギャラリーがあり,当日は日本の着物がたくさん飾られていた。アートギャラリーの前にはカフェがあり,雑誌用ブックトラックに入った図書館の雑誌が置かれている。カフェは閉まっていたが,営業時にはそれらを見ながらコーヒーを飲めるわけである。入口を入ると,ロバがブックバイクに乗っている。館内は大きく,通常の開架スペースとガラスのドアで区切られた静かなスペースに分かれている。開架スペースにも書斎のような空間があちこちに設けられており,滞在する利用者も多い。サブカルチャー関連の資料も豊富である。日本のコミックやアメコミが充実している。『ブッダ』『Akira』があり,アート・スピーゲルマンの『マウス』も所蔵していた。CDの貸出も熱心で,新しいCDには手書きのPOPが多く添えられている。PS5,Xbox,Switchなどのゲームソフトも多く所蔵し,貸出が行われていた。静かに利用するための部屋には,一般書が排架されていた。分類はスウェーデンで多く使われているSABである27。イベントとして興味深かったのは,ウクライナからの難民を対象とした言語カフェである。スウェーデン語を学ぶためのもので,毎週水曜日12時から1時間,予約不要で開催されていた。また,エネルギーバックの貸出も行っている。これは,家庭内の「エネルギー泥棒」を探すためのツールが入ったバッグである。電力量計,スモークペン(空気の流れを検知),サーマルカメラなどが含まれている。計測結果を踏まえて自治体のエネルギーアドバイザーに連絡できるよう連絡先も教えてくれる。さらに,シェアード・リーディングも実施している28。これは短編小説や詩を一緒に声に出して読み,適当なところで立ち止まり,テキストの意味や感想などを話し合う会である。リーダーを中心に同じテキストを声を出して読む。イギリスの図書館での取組をYouTubeを見ると29,声を出すことは必須ではないようである。事前にテキストを読む必要がなく,その場で初めて読むので参加しやすい。コーヒーを飲みながら,暖かい雰囲気の中で行われるとのことである。






ストックホルム市立シスタ図書館 Kista
ストックホルム市北部のKista Galleriaという駅直結の巨大なショッピングモールにある30。Kistaはハイテク産業,研究機関,大学などが集まる地域である。この図書館は2014年に開館し,2015年のIFLA Library of the Yearを受賞している31。空間は広々としており,商業施設の中で落ち着ける場所となっている。しゃべっていても気になることもない。外国にバックグラウンドがあり,車椅子の女の子が友達とずっと楽しそうに話していたが,気になることはなかった。図書館は商業施設からエレベーターで1階(日本的には2階)に上がったところにある。入口には新たに入荷した図書が並んでいる。これらは貸出期間が通常より短い2週間である。通常は4週間で,夏は6週間である。館内には階段状のステージがある。イベントスペースとして使われるが,通常は机と椅子が置かれ閲覧に供されている。近くに大きな四角いオブジェがある。これは以前,DVDを入れていた棚の外側とのことである。蔵書は児童向けから一般書まで幅広い。コミックもある。児童コーナーではビデオゲームができ,外国にルーツを持つと思われる子どもたちが楽しんでいた。パソコンゾーンには10台のPCがあり,よく利用されていた。利用者は多様であった。アフリカ系,中東系,インド系,中国系などなどである。これはショッピングモールの来場者を反映しているともいえる。職員またはボランティアスタッフの中にも外国にルーツを持つと思われる人が働いていた。言語カフェ(スウェーデン語と英語)も開催されていた。この図書館で興味深かったのは,まず,個室が21室もあることである。隣にコワーキングスペースがあるが,それと同様の使い方もできそうである。図書館の奥には広い閲覧室があり,その手前左右に2人から6人用までさまざまな大きさの個室が並んでいる。平日午前中に訪問したが,ほとんどが使用中であった。中の様子はあまり見えないので,何をしているか分からなかったが,見える範囲では仕事以外に読書をしている人もいた。もう一つ興味深かったのは多文化サービスである。蔵書には非常に多様な言語の図書があった。数えると少なくとも39言語確認できた(日本語はなかった)。ティグリニャ語,北部クルド方言(クルマンジー語),アムハラ語など,聞いたことのない言語もあった。中国語の図書を調べてみると,MARCはスウェーデン語の文字体系で入力されていた。一部は別タイトルに原語が併記されていた。Library of the yearの図書館というと構えてしまうが,決して派手なことをしているわけではなく,地域の状況に合わせて地道にサービスをしている点が印象的であった。






ストックホルム市トランストロマー図書館 Tranströmerbiblioteket
市民会館(Medborgarhuset)の1階(日本的には2階)にある32。市民会館という名前の割には,建物はとても立派である33。プール,体育館,子ども劇場などが入っている。1939年に建てられ,最近では2020年に改修されている。ストックホルム中心部の南側に位置し,ソーデルマルム地区にある。はじめは入口が分からずうろうろしていると,BIBLIOTEKETと書かれた扉があったので入ろうとしたが,どうも図書館らしくないのでやめた。あとで図書館員に聞くと,そこはもともと図書館だった場所で,今はレストランになっているとのことである34。名前を残し,設備も活かして営業しているとのことである。中はとてもキラキラしているようなので,入らなくてよかった。図書館は建物向かって左側にあり,そちらの入口から入る。図書館に入る入口は2つに分かれ,左が児童,右が大人向けである。児童向けは12歳まで,13歳から19歳は上階のPUNKTと呼ばれるフロアでサービスしている。館内はとても混雑しており,閲覧席も多くの人が利用していた。大人向けエリアに入ると,見事な閲覧室が広がる。5階か6階建てだが,天井まで吹き抜けになっており,内側の壁はレンガ造りで,天井から光が差し込む。図書館名はノーベル文学賞を受賞したトーマス・トランストロンメルに由来している。2014年に改名した。彼の著作を含め,詩のコレクションが充実している。目録カード入れに小さな図書が収められていた。いろいろな活用方法がある。上の階のPUNKTに行くと,カウンター前の書棚3棚分にわたってコミックが並んでいる。人気があるとのことである。ここは大人も閲覧可能だが,席利用はできない35。奥には通路があり部屋もある。通路にも図書が排架されている。衣服が何着もハンガーに掛かっていたが,これは交換用のもので,自分のものを持ち寄ると,そこにあるものを持っていけるとのことである。この図書館では語学コースも提供しており,初歩的な日本語コースはとても人気があるという。他にSteamのゲームを一緒に楽しむゲームサークル,POC(非白人)作家の図書を読む読書サークル,女性とノンバイナリー限定のロールプレイングゲームを遊ぶ会などがある。利用は活発で,図書館内は活気があり,図書館員は親切で,意欲的な取組が多くなされていたことが印象的であった。






ヘルシンキ市立中央図書館 Oodi
有名すぎるので簡単にまとめておく。訪問したのは7月下旬の平日午前中である。当日は,ヘルシンキの市民でというよりは観光客で賑わっていた。建物向かいには国会議事堂があり,他にも市庁舎や商業施設などが立ち並ぶ。周りは住宅街ではなく,日本でいえば千代田区などに近いであろうか。他の図書館の職員の話では,それでも近隣に住む人々が利用しているのと,大規模で専門的なサービスも提供しているので,広域から利用者が来ているとのことである。建物は実際に見ると確かに巨大で,外から見ると巨大な船をモチーフにしているように感じる。公式ウェブによると,この図書館は,知識,スキル,物語を提供し,学習,物語への没入,仕事,リラックスのための場所を提供するとされている36。それぞれを確かに実現していると思われる施設である。建設にあたっては市民参加の手法が導入されている。参加型予算も活用されているし,図書館友の会とも連携している。入口付近は多くの人でごった返している。ここに観光案内所があるのはとてもよい。1階のポップアップエリアと呼ばれるところにはチェスが置かれ観光客が遊んでいた37。奥にはおしゃれなカフェレストランがある。ビュッフェ形式である。奥にあるらせん階段は見事で,ここも絶好の撮影スポットである。2階にはメーカースペースのほか,読書室,グループ学習室,キッチン,スタジオ,ビデオゲームのスペースなどがある。少人数向けのガラス張りのワークスペースはうらやましい。メーカースペースには,大型プリンター,3Dプリンター,ミシン,カッティングマシン,UVプリンターなどがありよく使われていた。こうした施設と図書館を組み合わせるのは,ウッチのMeMoに類似している。ただし,こちらはより大規模で,空間が開放的で,のんびりできるスペースも多くある。すぐ近くには隠れ家のような階段状の空間(Seating steps)もある。グループ作業などを想定しているようである。3Dプリンターのデモンストレーションや,バッグづくり(ムーミンバック,6ユーロ)などの体験を楽しんでいたのは観光客である。観光客対応を検討する図書館の参考になる要素が多いのかもしれない。3階はいわゆる図書館である。蔵書は10万冊程のようである。天井から自然光が入る窓が所々にあり,明るく,天井も高く開放的である。大きな木がいくつか置かれているのがよいアクセントになっている。図書の移動は車輪のついた自律型走行ロボットが行っており,エレベーターにも自動で乗っていた。3階の一番奥には児童コーナーがあり,近くにはベビーカーが多数並んでいた。小さい子どもを連れた親子連れがたくさん来ていた。空間が区切られていないので,子どもの声が時々響いていた。図書の展示は,他のヘルシンキの図書館同様に,各段の一部を面陳用に使っておりとてもよい。傾斜のあるスペース(Saarikoski rugの近く)や夏に開放されるバルコニーは絶好の撮影スポットで,多くの人がポーズをとって写真を撮っていた。この光景は韓国のピョルマダン図書館に似ている。こうしたいわゆる「映える」スペースも観光客をさらに引きつける要素かもしれない。季節の関係か,観光客が多く,市民がどのように図書館を使っているかを知るには,別の時期に来た方がよかったかもしれない。しかし,「知識,スキル,物語を提供し,学習,物語への没入,仕事,リラックスのための場所を提供する」という方向性とその具体化という点で,一つの新しい方向性を示していることは理解できた。






- https://helmet.finna.fi/OrganisationInfo/Home#84924 ↩︎
- 以下の文献に詳しい。大谷杏. (2018). 移民の学習を支えるフィンランド公立図書館のランゲージ・カフェ. 国際教育, 24, 33-47. ↩︎
- https://helmet.finna.fi/OrganisationInfo/Home#84860 ↩︎
- https://hri.fi/data/en_GB/dataset/helsingin-kaupunginkirjaston-lainausmaarat-toimipisteittain ↩︎
- https://hri.fi/data/en_GB/dataset/helsingin-kaupunginkirjaston-kaynnit-toimipisteittain ↩︎
- https://helmet.finna.fi/OrganisationInfo/Home#84912 ↩︎
- https://www.taidelainaamo.fi/public/go.php? ↩︎
- https://biblioteket.stockholm.se/bibliotek/stadsbiblioteket-spelbomskan ↩︎
- https://www.kb.se/ ↩︎
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%82%AC%E3%82%B9%E5%86%99%E6%9C%AC ↩︎
- https://www.kb.se/samverkan-och-utveckling/biblioteksutveckling/nationell-overblick-for-starkt-samverkan/nationell-handlingsplan.html ↩︎
- https://www.kb.se/samverkan-och-utveckling/biblioteksstatistik.html ↩︎
- https://digiteket.se/ ↩︎
- https://www.kb.se/samverkan-och-utveckling/libris.html ↩︎
- https://libris.kb.se/ ↩︎
- https://www.sverigesdepabibliotekochlanecentral.se/ ↩︎
- https://biblioteket.stockholm.se/organisation ↩︎
- https://www.kb.se/samverkan-och-utveckling/biblioteksstatistik.html ↩︎
- https://biblioteket.stockholm.se/bibliotek/hornstulls-bibliotek ↩︎
- https://info.biblio.app/sv/ ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/Nacka_Municipality ↩︎
- https://dvbib.se/#/ ↩︎
- https://www.kb.se/samverkan-och-utveckling/biblioteksstatistik.html ↩︎
- https://proletaren.se/artikel/nacka-kommun-privatiserar-biblioteken/ ↩︎
- https://www.biblioteksbladet.se/nyheter/reportage/privat-drift-av-bibliotek-hur-farligt-kan-det-vara/ ↩︎
- https://www.biblioteksbladet.se/ideer/debatt/privat-drift-forklarar-inte-nackas-framgangar/ ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/Swedish_library_classification_system ↩︎
- https://dvbib.se/evenemang#/events/1f6bccf3-8312-44df-920a-fc30b2280126?q=shared ↩︎
- https://www.youtube.com/watch?v=58LNxNdpIJs ↩︎
- https://biblioteket.stockholm.se/bibliotek/kista-bibliotek ↩︎
- https://blogs.ifla.org/public-libraries/2015/07/04/five-libraries-nominated-for-the-award-as-the-worlds-best-public-library/ ↩︎
- https://biblioteket.stockholm.se/bibliotek/transtromerbiblioteket ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/Medborgarhuset ↩︎
- https://www.biblioteketlive.se/ ↩︎
- https://digiteket.se/inspirationsartikel/vuxna-far-titta-men-inte-sitta-pa-ungdomsavdelningen-punktmedis ↩︎
- https://oodihelsinki.fi/en/what-is-oodi/ ↩︎
- https://oodihelsinki.fi/en/facilities/ ↩︎