ルブリン県はポーランドの東部に位置し,ウクライナと接している。県の人口は約200万人で,ルブリン市はルブリン県の県都である。県立図書館は観光名所などがあるルブリンの中心部にある。図書館の設立は1907年である。文学および言語学の研究者であったヒエロニム・ラファウ・ウォパチンスキ氏の所蔵資料が設立の基礎となった。図書館はその名前を冠している1。ポーランドでは,このようにゆかりのある人物を顕彰し図書館名に冠することが多い。
建物は歴史的な建築物が元になっており,そこに増築を重ねて現在の形になっている。第二次世界大戦中,ルブリンでは空襲等はあったが,大きく町が破壊されるようなことはなかった。図書館では増設部分の一部に爆弾が落ちたものの,大きな被害はなかった。町は戦争中,ドイツ軍に占領され,駅を挟んだ場所にはマイダネクの収容所が設置された。そこには,ユダヤ人やポーランドの知識人,政治犯が収容されホロコーストの舞台となった。
占領中,ドイツ軍は図書館が所蔵する貴重な資料に懸賞金をかけて捜索を試みた2。それらは,ヤン・マテイコの絵画「スカルガの説教」や「グルンヴァルトの戦い」などである。ともにポーランドの国民的絵画である。私は知らなかったが,確かに日本語版Wikipediaにも載っている3。結局,密告する者はおらず,無事に図書館に残った。現在は,ワルシャワ国立美術館などに移されているようである。
図書館は県全体に対するサービス提供とともに,直接サービスも活発に行っている。ルブリン県内ではおよそ550の図書館があり,そのうち本館が約220,分館が330ほどである。職員は約1,400人で,うちライブラリアンとしては雇用されているのは1,000人である。ルブリン市には別に市立の図書館がある。
県立図書館職員は約100名で,うち,ライブラリアンは70名ほどである。図書館のコレクションは全体で60万点弱である。コレクション自体は,日本の県立図書館と比較するとそれほど多いわけではない。貸出コレクションはフィクションを中心に構成されており,日本で言う大型活字本もある。カウンターの前にはオーディオブックが多く置かれていたが,最近では,再生機器を持たない利用者が増えていることや電子書籍普及により,以前ほど人気はないとのことだった。他に,児童室,科学図書閲覧室,雑誌閲覧室,映像製作用スタジオなどがある。
コレクションのうち,特別コレクションが20万点近くと多い。特別コレクション室に入るには,クロークで手荷物を預ける必要がある。ここには貴重な写本,インキュナブラ,地図,はがき,ポスター,蔵書印などが所蔵されている。資料に触れる際はゴム手袋の着用が求められた。江戸時代の東アジアの地図もあり,日本の形がかなり正確に描かれていた。これらの資料のデジタル化は図書館内で行われており,専用の部屋に大型スキャナーなどがあった。デジタル化されたのはまだ一部だが,それらは自館のデジタルアーカイブや,国立図書館によるPolonaでも見ることができる。
建物内にはギャラリーもあり,訪問当日は映画ポスターの展示が行われていた。それらの映画はルブリンで上映されたものであり,図書館ではそれらを収集しているとのことだった。ギャラリーでは展示以外にも著者を招いたミーティングや,学術会議なども開催されている。展示と言えば,0階で行われていたアンジェイ・コット氏の展示が印象深かった。コット氏は2015年に亡くなったが,蔵書印(Ex Libris)の製作などを行っていた。展示されている彼の作品はシンプルでいて味わい深い。
興味深かったのは,National Readingの取組である。これ自体は毎年実施されるイベントであり,ポーランド大統領によって呼びかけられる全国的な朗読キャンペーンである。毎年秋に実施されており,古典的な文学作品をみんなで読むというものである。これによって,読書の重要性,ポーランド語の維持,国民としてのアイデンティティ強化などを目的としている。国が何度もなくなったポーランドらしい活動に思える。これを,この図書館では演劇で行っているのである。10年以上前から図書館員が素人劇団を結成し,衣装を着て,演技をしながら朗読している。インタビューをした図書館員も仮装して出演していた。これはYouTubeで公開されている。
県内への支援は,Instructional and Methodical部門が行っている。指導的・方法的部門という訳になるのだろうか。この部門の業務は,提供された資料によると,①図書館職員の研修,②インフラやITシステムの近代化,③新図書館建設のアドバイス,④外部資金獲得のサポート,⑤読書活動と利用状況の統計分析,である。日本の図書館であまり見られないものとしては,②,④,⑤などであろうか。⑤についてはデータは集めているが,分析まで行うところはどの程度あるだろうか。
図書館員の研修について尋ねたところ,郡単位での実施が基本とのことだった。この部門に職員は4〜5名おり,それぞれで地域を分担している。そして,郡と連携して実施している。テーマなどは郡の担当者と相談して決めており,県が主導することもあれば,郡が主導する場合もあるという。郡も一定の役割を果たしていることがうかがえる。また,ライブラリアンの規制緩和により,基礎的知識の習得に差が見られることが課題として認識されていた点は興味深かった。
また,県立図書館を中心に「ライブラリアン・オブ・ザイヤー」を毎年実施している。これは,県内図書館で優れた司書を表彰するものである。2011年から始まった全国的取組であり,ポーランド図書館協会と実施している。司書職への社会的な注目を集めることも狙いとしてあるのであろう。選出は,まず各県で年間最優秀図書館員を選出する。この際,選出のために県の委員会が設けられる。その後,各県の代表者から全国的な年間最優秀図書館員を選出する。ルブリンの代表者は,これまで3回,2位を受賞しているとのことである。ルブリン県での選出者を見ると,新館建設,予算獲得,新規事業の立ち上げなどに貢献した図書館員が選ばれているようである。
図書館では,ルブリン地域の文化的遺産の保護と発信を重視している。それらに関する書籍や,論文などを収集・デジタル化し,デジタルアーカイブやPolonaから発信している。また,それらを基礎にして地域の書誌もまとめている。収録開始時期はなんと1801年からである。2001年以降のものは,Primoのプラットフォーム上で公開している。書誌には,図書,雑誌記事,新聞記事,地図,重要な文書などが載っている。さらに,毎年,ルブリン地方の歴史や文化に関する図書のコンテストを行い,3部門からブック・オブ・ザ・イヤーを選出している。
また,図書館学と書誌学を中心とした“Bibliotekarz Lubelski”を編集発行している。2024年版のこの「雑誌」をもらったが,ハードカバーのずっしりしたものである(ISSNがついている)。ページ数は392ページである。地域の資料と関連して,図書館には館内にHieronim’s bookstoreという書店がある。そこでも,ルブリンの出版物,文学作品,最新図書などを販売している。
図書館を訪問して,まず,貴重な資料の蓄積に驚かされた。また,県立図書館らしい専門性の高い仕事をこなしていることも印象に残った。プロフェッショナルの集団という印象である。そして,こうした活動を長期間にわたって継続してきたことが,地域の文化を支えてきたことを強く感じた。





