アイデアストア クリスプストリート
ロンドン東部,タワー・ハムレッツ区にある1。ロンドン中心部に近く,近隣には高層ビルなどが立ち並ぶ金融街のカナリー・ワーフがある。ここにもアイデアストアがあり,当初,ここに訪問するつもりだったが改修中のため閉館していた。クリスプストリートまで歩ける距離なので,歩いて行くと,環境の変化に驚く。この地域はジェントリフィケーションのひとつの典型といわれるのもうなづける。アイデアストア周辺は肉屋などの個人商店が軒を並べ,古い集合住宅も多い。バングラデシュ系住民が多い。
タワーハムレッツ区全体の統計データは表のとおりである。このデータは,アーツ・カウンシル・イングランド(Arts Council England: ACE)の公共図書館活動データセット(2023/2024)をベースとしている2。図書館数は,同じく公共図書館基本データセット(2023)から,人口は,イギリス国家統計局の「英国,イングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランドの人口推定値2024」からデータを持ってきている3。
数値のうち,1館あたり人口は,人口を図書館数で除したものである。住民利用率は,1年間で1度以上図書館を利用した人の割合である。イベント開催回数は1館あたり,1週間で何回イベントを開催しているか,である。イベント参加者数は1館あたり,1週間で何人参加したか,を表している。来館者密度は,来館者数を人口で割ったものである。タワーハムレッツ区の特徴として,図書館数が少ないこと,住民利用率もそれほど高くないこと,一方で,イベント開催回数が顕著に多いこと,イベント参加者数も多いことが挙げられる。
| Tower Hamlets | 人口 | 図書館数 | 1館あたり人口 | 住民利用率 | イベント開催回数(1館/1週間) |
|---|---|---|---|---|---|
| 331,886 | 8 | 41,486 | 7.5% | 38.3 | |
| イベント参加者数(1館1週間) | 貸出密度 | 貸出密度(ebook含む) | 来館者密度 | 1館あたりPC台数 | |
| 145.5 | 2.1 | 2.3 | 4.1 | 14.9 |
建物はガラス張りで,いかにもアイデアストアらしい。2004年に開館しているので20年以上経っているが,古さは感じない。入口を入ると右側に児童室があり,「サマーリーディング」が宣伝されていた。「6冊の本を読んで賞品をゲットしよう」と書かれている。実施方法がユニークである。2冊読んだら図書館員にその内容の話をする。4冊,6冊も同様に報告する。図書館員とコミュニケーションする機会にしているのである。
階段を上ると大人向けのコーナーである。想像していたようなカラフルさはない。絨毯が敷かれ,木材の書棚や天井は落ち着いた雰囲気である。よい意味で普通の図書館に近い。手前にはフィクション,奥には一般書が並んでいる。フィクションコーナーではBookTokの特集がされていた。カウンター近くには「Residents Hub」というカウンターがある4。これは社会的に脆弱とされる人々へボランティアがサポートを行う場所である。予約制である。訪問時にはボランティアは不在であった。税金,家庭内暴力,雇用,ヘイトクライム,住宅など,幅広い相談に対応する。
書棚は曲線のものなどがあり興味深い。図書にはビニールカバーがかけられ,RFIDタグがついていた。分類はDDCで,排架もDDC順である。新しい図書が多く,ディスプレイにも工夫が見られた。グラフィックノベルとMangaのコーナーもあった。日本のコミックはMangaコーナーに置かれていた。『ジョジョの奇妙な冒険』第3巻を見てみると,ハードカバーは20ポンド(4,000円ほど),『HUNTER×HUNTER』第18巻は7.99ポンドであった。カバーには米ドル,カナダドル,ポンドの価格が併記されている。異なるマーケットで流通していることがわかる。少し奥には多言語の図書があり,地域の居住者を反映してベンガル語の図書が置かれていた。その近くにはPCが8台設置され,多くの利用者が使っていた。ワードを利用している人が目立った。周辺の閲覧席にも多くの利用者がいた。
ラーニングラボと名付けられた4部屋ある。比較的小さめの部屋であった。当日は法律無料相談会が予定されていたが,事情により中止との掲示がされていた。公式ウェブページで図書館実施のプログラムを確認すると,子ども向けにはストーリータイム,宿題クラブ,アートクラブ,レゴクラブなどがある。大人向けには英語会話,読書会,ITスキルなどが,相談関係として法律相談,借金問題,首長や議員との話し合いといったものが定期的に開催されている。
これらに加えて,アイデアストア・ラーニングとして多様な学習プログラムが提供されている。これらは日本で言う市民講座,生涯学習講座のような感じであろうか。分野は芸術,フィットネス,語学(ほとんどが英語),パフォーマンスアート,職業スキルに分かれている。多くは安価または無料で提供され,低所得者は無料になる場合もある。クリスプストリートでは語学系のプログラムが多い印象であった5。この図書館では,GoodThings Foundationと連携して低所得世帯を対象にした無料SIMカード提供も行っている6。
全体として,社会的包摂を意識したプログラムが多い7。さすがアイデアストアだと感じた。こうしたプログラムを図書館で実施することには意義が大きい。場所があり,資料がある。また,様々な相談プログラムやResidents Hubとつなげることも可能である。首長や議員との話し合いも注目される。首長は予約制で,議員は3人が交代で土曜日の昼に常駐している。日本でもこうした試みはできないだろうか。
訪問前は,多くのプログラムが頻繁に行われているにぎやかな図書館という印象を持っていた。しかし,実際に訪れてみると,図書館自体は静かで普通の図書館と大きく異なるわけではなかった。基本的なサービスがしっかりと提供されていたし,ディスプレイや空間づくりにも配慮されていた。空間は快適で,利用者も多く滞在していた。考えてみれば,イベントは常時行われているわけではないし,多くはラーニングラボで行われている。各種プログラムやアイデアストア・ラーニングはやはり注目される。これらは単独で実施されていると言うより,さまざまな関連プログラムや仕組みとつながっている。そうした環境作りは見習うべきだと感じた。






サットン中央図書館
サットン区の中央図書館である8。入口にはLGBTQ+フレンドリーのシールが貼られている。同じ建物にはサットンカレッジが入っている。ここではさまざまな資格取得を支援するとともに,趣味的なプログラムも提供している。職業訓練校的な役割もあるようである。サットン区ではセルフアクセスを導入している9。このことは別に書いたが,中央図書館もセルフアクセスに対応している。中央図書館では入口のある1階部分が利用対象となっている。平日は職員が17時までいるが,セルフアクセスにより21時まで開館している。ちなみに利用者は17時以降も継続して利用する場合,一度退館して,改めて手続きをする。貸出,返却,閲覧,WiFi利用,コピーなどが利用できる。サットン区の図書館の基本データは表のとおりである。イベント参加者数が多い。貸出密度もかなり高い。来館者密度は高すぎるので,何らかのミスと思われる。
| Sutton | 人口 | 図書館数 | 1館あたり人口 | 住民利用率 | イベント開催回数(1館/1週間) |
|---|---|---|---|---|---|
| 214,525 | 11 | 19,502 | 16.4% | 4.5 | |
| イベント参加者数(1館1週間) | 貸出密度 | 貸出密度(ebook含む) | 来館者密度 | 1館あたりPC台数 | |
| 105.8 | 4.0 | 4.0 | 0.0 | 7.9 |
入口を入るとグラウンドフロアである。中央部は上階まで吹き抜けになっていて開放感がある。右側にPC,左側にカウンターがある。PCは15台ほどあり,半分ほど利用されていた。北欧で見たHubletがあり,Library of Thingsのロッカーもある。自動貸出返却機のあるSelf Serviceコーナーもあった。フィクション,歴史,哲学,拡大図書などが排架されている。図書はカバーが掛けられ,RFIDが付いている。面陳はあまり見られなかった。コミュニティボードにはさまざまな情報が掲示されていた。奥にはライブラリーカフェがある。2018年に改修された際に設けられたものである。児童室もある。この日は「ライムタイム」が開催されたため,多くの乳幼児が訪れていた。
1階には一般書が並び,ティーンコーナーにはグラフィックノベルやボードゲームも置かれていた。外国語の図書もあった。タミル語,ウルドゥー語,中国語,グジャラティ語,ベンガル語,パンジャブ語,ポーランド語,ヒンディ語などである。インド,パキスタン,バングラデシュの言語が多いが,蔵書数では中国語の図書が多い。個人用のブース(Pod)も設置されていた。2階はギャラリーが中心であった。当日は薬物などからの生活再建を支援するCranstounという団体の利用者による絵が展示されていた。周りには自習用の机が配置されている。予約制である。ロンドン,ウィンブルドン,クロイドン,サットンなどの地域資料もあった。予約制のアーカイブ・地域研究探索室もあり,公文書や家系図調査などができる。
印象に残ったのは子ども向けサービスと関連施策である。当日はライムタイムが開催されていた。ライムタイムは日本のおはなし会と似ているが,親子が一緒に参加することや,歌や音楽に合わせて歌ったり,拍手をしたり,寝転んだり,身体を動かしたりすることなどが特徴的である。カウンターで利用者対応をしていた若い図書館員が,進行役となっており,うまく子どもを引きつけていたのが印象的であった。参加者は親や祖父母と一緒に来ており,かなりの数であった。子どもによってはノリノリで動く子もいれば,別のところに歩き出す子もいた。日本のお話会でも見られる光景である。参加者は白人が多いが,アジア系やインド系も見られた。
図書館にはFamily Hubが設置されている。Family Hubは英国全体で取り組まれているもので,行政による子育て支援のワンストップ拠点である。図書館以外にも設置されている。当日は,助産師による妊婦向けの相談会が開催されており,実際に何人かが相談に訪れていた。ライムタイムのような子育て関連プログラムと組み合わせることで,効果的なサービス提供ができる点は優れた試みであると感じた。



ウェスト・ウィッカム図書館
ロンドン南東部のブロムリー区にある10。ブロムリー区は英国の中でも貸出が多く,近年ではロンドンで最も貸出点数が多い区である11。この図書館はGreenwich Leisure Limited(GLL)が運営している。GLLはロンドンのブロムリー,グリニッジ,ワンズワースで図書館運営を担っている非営利組織である。公式ウェブによると42館を運営しているが,英国全体では100以上の図書館の運営に関わっているという。「BETTER(TTの上に○)」という登録商標を使用している12。図書館以外にもレジャー施設などの事業を手がけている13。関与の仕方も全面的運営から限定的運営まで幅広い。ブロムリー区の図書館の基本データは表のとおりである。やはり貸出密度が全国平均の2倍以上と多い。イベント参加者数も2倍弱と多い。
| Bromley | 人口 | 図書館数 | 1館あたり人口 | 住民利用率 | イベント開催回数(1館/1週間) |
|---|---|---|---|---|---|
| 335,319 | 15 | 22,355 | 10.0% | 6.3 | |
| イベント参加者数(1館1週間) | 貸出密度 | 貸出密度(ebook含む) | 来館者密度 | 1館あたりPC台数 | |
| 102.7 | 4.2 | 4.4 | 3.5 | 9.8 |
この図書館は2025年6月に改修を終えて開館したばかりである。改修費は3,000万ポンドであった。3面の外壁以外,ほぼ全てを解体した14。改修により施設全体を現代化するとともに,カフェやメイカースペースなど新たに施設を設けている。館内に入るとまずカフェがある。カフェ用のテーブルが2つあるが,上階にもカフェ用のスペースがある。その先にカウンターがあり,前には自動貸出返却機がある。横にはQuick use PCが2台置かれていた。建物の中心部分は吹き抜けである。ここにはブロムリーの歴史的コレクションが展示されていた。地域で出土したマンモスの牙や壺など,博物館的な展示である。奥にはメイカースペースの部屋と児童室がある。メイカースペースには3Dプリンターとミシンが置かれていた。ここがグラウンドフロアで一般書が置かれており,背表紙には十進分類法の請求記号が付いている。但し,排架は請求記号順ではなく,Religion and PhilosophyやPsychologyといった分野ごとにまとめられている。書架にある図書は少なめであった。
中2階(Mezzanine)があり,ここにも一般書が置かれている。机が多くあり,ほとんどが利用されていた。PCで作業している人が多かったが,読書する人も見られた。さらに階段を上がった1階には,大人向けのフィクションやティーン向けの本が置かれた部屋がある。イギリスでは開放的な造りの図書館が多いが,ここは部屋ごとに空間を区切っていた。また,重度の障害を持つ人も利用できる多機能トイレ「Changing Places」が設置されている。その上の2階にはコミュニティスペースとビジネスラウンジがある。ラウンジでは高齢者8人が図書を見ながら話をしていた。読書会のようであった。コミュニティスペースは広々としている。当日はイベントは開かれていなかった。開館したばかりということもあり,施設の新しさと館内が混雑していたのが印象的であった。



ワンズワース・タウン図書館
ワンズワース区にある15。ワンズワース区の図書館の基本データは表のとおりである16。図書館数が少なく,貸出密度が高い傾向がある。この図書館は,2023年11月に開館した比較的新しい図書館である。2025年にはBookSellerのLibrary of the Yearの最終候補にもなっている17。図書館は,新しく建てられた集合住宅のグラウンドフロアと1階部分にある。蔵書は約4万点とされている。入口側は吹き抜けになっており,全体に新しく気持ちよい空間である。各階には作業用の個室(POD)があり,オンラインミーティングをしている人も見られた。声はほとんど外に漏れてこなかった。館内の壁には作家の著作の一節が掲げられている。ブッカー賞を受賞したヒラリー・マントルの言葉などもあった。
| Wandsworth | 人口 | 図書館数 | 1館あたり人口 | 住民利用率 | イベント開催回数(1館/1週間) |
|---|---|---|---|---|---|
| 337,655 | 12 | 28,138 | 13.2% | 5.8 | |
| イベント参加者数(1館1週間) | 貸出密度 | 貸出密度(ebook含む) | 来館者密度 | 1館あたりPC台数 | |
| 55.0 | 3.9 | 4.1 | 3.3 | 21.1 |
入口を入るとカウンターが目の前にある。職員はカウンター対応をしながら返却資料の分館への仕分けも行っていた。入口付近にはさまざまなイベント情報が掲示されている。また,廃棄図書が50ペンスで売られていた。自動貸出返却機はLyngsoe Systems社のものである。北欧で見られたHubletも設置されていたが,利用はあまり多くない様子であった。図書にはDue Dateのスリップがつけられており,RFIDもついている。
蔵書は,グラウンドフロアにフィクション,ティーンズ,児童室などがある。日本語のコミックもあるが,北欧と比較すると少なかった。Large Print(大活字本)もあり,LGBTQ+やALAのBanned Bookなどの特集も行われていた。児童室は入口を入って右側にある。自動ドアで開く。内部にはインタラクティブな大きなディスプレイがあり,親子が絵を描いていた。
階段で1階に上がると,一般書のほか,DVD,オーディオブック,外国語図書,ITスペースやスタディスペースなどがある。カウンターは2階部分にも設置されていた。さらに,ミーティングルームが4部屋ある。そのうちの一つでは10人ほどが縫い物をしながら雑談をしていた。図書館の中央近くにはミニミュージアムがあり,地域資料も展示されていた。ワンズワース区には博物館がなく,関連施設に分散して展示しているとのことであった。ウェスト・ウィッカム図書館でも見られたパターンである。
2階の半分弱はITスペースとスタディスペースである。ITスペースには12台のPCが設置され,多くが利用されていた。MSオフィスで文書を作成している利用者も見られ,プリントアウトも可能である。スタディスペースはテーブル席やソファなど多様な席がある。こちらもよく利用されていた。持ち込みPCを使う利用者が多い。
注目される点をひとつ挙げる。この図書館はGLLに委託されている。このことの強みを図書館員に尋ねると,他図書館の成功例を別の館にすぐ応用できることが挙げられた。そしてワンズワース区で取り組んでいるビジネス支援を例として紹介してくれた18。これはワンズワース区がGLLや大英図書館等と連携し,区内企業を支援する取組である。図書館で,ビジネス向けのワークショップ,専門家のアドバイス,コワーキングスペース,ネットワーキングイベントなどが提供されている。この取組についてGLLはワンズワース区とともに,2023年にヨークガーデンズ図書館で最初の取組を実施したあと,プットニー図書館にも広げているという。



アッパー・ノーウッド・ライブラリー・ハブ(UNLH)
クリスタルパレス公園の近くにある19。建物はレンガ造りで古いが,その分,味のある外観である。1899年に建てられている。図書館の紹介チラシによると,教育,福祉,芸術の機能を併せ持つ施設とされている。図書館は5つの行政区の境界付近に位置し,従来,ランベス区とクロイドン区の共同運営であった。これが2016年にコミュニティに移管された。移管の背景には,中央政府から地方政府への財源移転縮小がある。ランベス区は2010年から2016年の間に中央政府からの財源が56%縮小されたという。現在はアッパー・ノーウッド図書館トラスト(UNLT)が建物資産を譲り受けて運営している。ただし,完全な独自運営ではなく運営費の一部はランベス区が主体となり,クロイドン区とともに負担している20。位置づけとしてはコミュニティ主導の図書館で,コミュニティハブとも呼ばれている21。職員は,図書館サービスのためにランベス区から図書館員が1名派遣され,他はボランティアスタッフで運営されている。建物の改修費用はランベス区が全面的に負担した。ランベス区やクロイドン区の図書館ウェブページを見ると分館として紹介されている22。
入口には盗難防止ゲートがある。その横では図書やDVDが1ポンドで売られていた。目の前にはカフェスペースもあったが,訪問時は休業中であった。左側には「LIBRARY OF THINGS」と書かれたコーナーがあり,道具類がロッカーに収納されていた。これはLibrary of Things Ltdが運営している23。北欧やドイツなどでは無料で貸出していたが,ここでは有料である。訪問時,実際に利用者が複数いた。ロッカー周辺は閲覧用スペースとして使われている。(後日,ワンズワースのショッピングモールでも同じロッカーを見た。図書館に限らず展開しているようである。)
1階は通常の図書館である。カウンターがあり,その手前にはPCが4台並び,中高年の男性がYouTubeのような動画を視聴していた。横には自動貸出機,予約資料,新刊図書,返却本の棚が並んでいる。奥に行くと文学書や一般書があり,地域資料(local history)のコーナーもあった。図書はランベス区の蔵書で,システム(ILS)もランベス区のものを使っている。左奥は児童コーナー,右奥は青少年コーナーであり,それぞれ利用者がいた。日本のコミックも少し置かれている。『ONE PIECE』などが目についた。特徴的だったのは,「Black Interest」や「LGBT Interest」などの常設コーナーがあったことである。それぞれ規模は1~2棚程度であったが,特にBlack Interestは他国では見られなかったものである。
2階に上がると,手前に閲覧室がある。ここは,かつてレファレンスルームだったようである。奥にはイベント用の大きなスペースがある。訪問時はイベントがなく閉じられていたが,かなり広い。ここは以前,児童室として使われていた場所だという。このスペースは貸出しをしており,UNLHの収入源にもなっている24。公式ウェブサイトによると,2023年から2024年の年間訪問者数は20.6万人に上るとのことだった。滞在している利用者も資料を利用する利用者も多く見られ,特に中高年の男性が目立った。
印象に残ったことを2点述べたい。まず,UNLHは社会的包摂に関わるものを含めて多様なプログラムを実施していることである。この図書館は最初に述べたように地域コミュニティの拠点として,教育,福祉,芸術への貢献を掲げている。そのために,子どもから高齢者まで幅広い対象者に,様々なプログラムが毎週開催されていた。子ども向けには乳幼児のためのベビーセンサリー,貧困世帯の子どもを対象とした英語や数学の補習,ダンスクラブやホリデーキャンプなどがある。移民向けには英語学習クラス,高齢者向けにはIT支援,エクササイズや太極拳などの健康プログラムがある。芸術ではアカペラやデッサンのワークショップがあった。これらのうち一部は有料である。こうしたプログラムに加えて,冬には,燃料費高騰を受けてウォームスペースとして活用されている。こうした活動を見てくると,地域にこうした公共のスペースが存在していることの意義は大きい。公式ウェブサイトには,これら活動のインパクトも掲載されている25。
もう一つ印象的だったのは運営費の問題である。2012年のランベス区の文書では年間17万ポンドを継続的に支出するとされていた。クロイドン区の負担額は不明だが,当時の為替レート(1ポンド123円)でおよそ2100万円の支出である。その後の推移は不明だが,予算に余裕があるとは思えない。館内には寄付を呼びかける掲示が多く見られた。チラシでは毎月10ポンドの寄付を呼びかけていたが,ウェブサイトでは2ポンドからでも寄付ができるようになっていた。アカペラ結成5周年を記念したファウンドレイジングも企画されていた。活動を維持するために常に資金確保に苦労している様子が伝わってきた。






サウス・ノーウッド図書館
クロイドン区の分館の一つである26。バス通りから建物を見ると,壁面のLIBRARYの文字がおしゃれである。1968年に設置された。ブルータリズムと呼ばれる戦後復興期の建築様式である27。コンクリートが突き出た外観は特徴的である。まもなく60年を迎える建物であるが,外観はモダンである。ただ,内部はやや古さを感じる。
当時の建築写真を見せてもらったが,装飾はほとんどなく質素で簡潔な空間が印象的である。入口を入ると,コミュニティ掲示板とともに,図書館からのお知らせなどが多く掲示されている。オンラインオーディオブックの案内や,市民権取得のためのオンライン講座の広報などが掲示されていた。その先には小さな一人用カウンターがあり,横には自動貸出機がいくつか並んでいる。延滞料金は従来現金での支払いもできたが,今年から電子決済のみとなった旨が記されていた。
建物の構造は独特で,前面と後面に交互にフロアが配置されているような構造である。各階は中二階のような高さで,半階分の階段でつながっている。入口のあるフロアから下に降りると,一般書が排架されており,タブレットで作業している女性が一人いた。図書にはRFIDが貼られており,Due Dateが見返しに貼られている。装備はブッカーではなく透明カバーがかぶせられている。定型外サイズの図書は特に装備がされていない。分類は十進分類法で,DDCを用いているようであった。入口階に戻り,上階に上がると文学書が並んでいる。大型活字本も多く所蔵していた。その上の階には児童フロアがあり,5,6名の利用者がいた。そのさらに上にも小さなフロアがあった。全部で5階だが,建物自体は半分程度の高さである。
文学書のあるフロアのガラス壁には,“Remember”,“Imagine”,“Observe”と書かれた色紙が貼られていた。それぞれ異なる絵が描かれている。そして,たとえば“Remember”には図書館に関する記憶をイメージした絵が描かれていた。また,大きなタペストリーもあり,市民による絵が描かれていた。このことについて尋ねたところ,市民による作品とのことであった。かつて図書館を取り壊して近隣の別施設に移転する計画があり,その際,市民による反対運動が起こり,そのときに描かれたものとのことである。結果として移転は撤回され,現在地に残ることになり,改装も予定されていた。
しかし,2024年に新たな展開があった。近隣の子育て支援施設(Family Hub)と統合し,コミュニティハブとなる構想が提言で示されたのである28。クロイドン区は英国の中でも財政状況がかなり厳しい自治体である。これまでに4館の図書館を閉鎖してきたが,残る館についても現代化,多機能化を進めつつ経費節減を目指しているようである。慣れ親しんだ特徴的な図書館を守るために,市民が移転ではなく建物を守る選択をした点は興味深い。一方で,財政悪化によって長期間にわたり図書館が不安定な状況に置かれていることは,残念である。ちなみにこの図書館には「日本通」の図書館員がおり,日本観光については日本人よりも詳しそうであった。



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パンクラス・スクエア図書館
カムデン区はロンドン中心部に位置する。財政状況の悪化により,2011年には3つの図書館をコミュニティ図書館に移行している29。それ以前には13館のうち9館を閉鎖する案も出ていた。また,2013年にはRegent’s Park Libraryを閉館している。しかし近年では,図書館に340万ポンドを投じるとともに30,「Camden Reading Together」という5か年計画を策定している31。図書館協力としてはSELMSに加盟しており32,TLCではない。ちなみにSELMSを通した予約は4ポンドかかる。カムデン区の図書館の基本データは表のとおりである。住民利用率と貸出密度が全体の平均の約半分と少ない。1館あたりPCは多い。
| Camden | 人口 | 図書館数 | 1館あたり人口 | 住民利用率 | イベント開催回数(1館/1週間) |
|---|---|---|---|---|---|
| 216,943 | 13 | 16,688 | 5.4% | 3.7 | |
| イベント参加者数(1館1週間) | 貸出密度 | 貸出密度(ebook含む) | 来館者密度 | 1館あたりPC台数 | |
| 37.2 | 1.1 | 1.2 | 3.2 | 19.4 |
図書館は大英図書館の近くにある33。キングクロス再開発エリアにあるパンクラス・スクエアの建物に入っている。近くにはGoogle UKの本社もある。図書館は建物の1階と2階部分にある。1階は児童向けスペースである。ここにはコミュニティカフェがあり,若者の職業機会を提供している34。低価格の定食も提供する。運営する団体は様々な店舗からボランティアが食品や衣類を集め,地域に提供するなどの社会的活動を行っている。当日は休業日であった。
その上の階に大人向けの図書館がある。施設の半分はPCや閲覧スペースで,PCは15台ほど設置されていた。多くが利用されていた。閲覧スペースでもノートPCを使う人が見られた。自動貸出機があり,料金の支払機もくっついていた。Hubletもあったが故障中であった。書棚は一番上の,ちょうど目の高さの段が面陳用になっていた。しかし,児童コーナーも含め利用者はほとんど見られなかった。当日は鉄道のストライキがあり,その影響もあったのかもしれない。PC利用と比べると図書のあるスペースは閑散とした印象であった。
興味深いプログラムとして,ホームライブラリーサービス(HLS)が実施されていた35。これは外出が困難な人,高齢者,移動が難しい人を対象に,4週間に一度,無料で訪問するサービスである。日本でも導入する図書館が増えている。このサービスはロンドンの他の多くの区でも実施されている。



ウェストクロフト・センター図書館
サットン区のカールシャルトンという地域にある36。サットン区の図書館は現在,23の自治体が加盟する図書館コンソーシアム(TLC)を主導する区である37。TLCについては別にまとめたい。市の公式ウェブによると,2022年,区民の43%が会員であり,70万点の貸出が行われ,デジタルリソースへのアクセスは66万点,図書館の来館者数は71万人であったという38。ちなみに区の人口はウィキペディアによれば約20万人である。ウェストクロフト・センター図書館は,区内8図書館のうちのひとつで,分館である。ザ・グローブという公園の横にあり周囲は住宅街である。建物はWestcroft Leisure Centreの中にあり,スポーツセンターとの複合施設である。入口入って右側に図書館がある。
図書館はワンフロアで,それほど大きくはない。入口左側は児童コーナーがあり,自動の貸出・返却機も置かれている。親子で読み聞かせをしている利用者がいた。貸出や返却に来る利用者も多い。右側にはソファーが置かれ,その前には若者向け図書がある。近くには4台のPCがあり,1台で若者が映画を見ていた。横のテーブルでは,3人の若者がPCを使って作業をしていた。フロアの中ほどに一人用のカウンターがあるが,図書館員はいない。図書館員がいるのは月・水・金・土の9時から17時までである。それ以外の開館時間は「セルフアクセス開館時間」と呼ばれている。セルフアクセスのためにLyngsoe社のSelf-Operated Libraryを導入している39。この仕組みは,入退館,監視カメラ,照明,RFIDによる貸出・返却,ゲート監視などの自動化技術全体を指す。
開館時間は長く,平日は7時から21時まで,土日も8時から19時までである。全館的な長時間開館は今年に入ってから始まった。行政権を持つ議会代表によると,図書館閉鎖かセルフアクセスかの選択で後者を選んだとのことである40。これにより年間40万ポンド(8千万円弱)の経費削減を実現したという。カウンター横には予約資料の受取コーナーがあり,予約資料のため触らないよう注意書きがあったが,ある児童がその図書を拝借し館内で閲覧していた。奥に進むと文学書などが並び,机では黒人の若者が5〜6人で作業していた。
サットン区の図書館では多様なサービスが提供されているが,ここでは訪問して印象に残ったことを述べたい。まず,館内には利用者がかなり滞在していた。数えてみたところ,25名ほどが館内にいた。フロアはそれほど広くないため,かなり多い印象であった。若者が多く,PCなどを使って作業していた。他にPCを検索したり読み聞かせをしている親子連れ,ソファでスマホをみている女性,高齢の男性の姿も何人か見かけた。エスニシティ,年齢,性別のいずれの点でも多様な利用者が滞在していた。
もう1点は,館内秩序についてである。北欧やドイツの図書館でも,職員不在の開館は聞いていたが,特に問題があるという話はなかった。しかし,この図書館では返却本が貸出・返却機の横に積み上げられ,崩れかけていた(真ん中の写真)。さらに,PCで映画を見ている若者が映画に熱中し,約30秒おきに “NO Way!!!” などと大声で叫んでいるのである。館内にはその声が響き渡っていた。カウンターには,健康上・安全上問題のある利用者を見た場合は併設のレジャーセンター受付に申し出るよう書かれていたが,申し出る人はいなかった。スタッフがいない分,利用者は気楽だが,秩序維持には課題があると感じた。セルフアクセス導入後,間もないこともありこうした課題が生じているのかもしれない。今後,少しずつ改善されるのであろう。



- https://www.ideastore.co.uk/visit-us/idea-store-chrisp-street ↩︎
- https://www.artscouncil.org.uk/supporting-arts-museums-and-libraries/supporting-libraries ↩︎
- https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/populationandmigration/populationestimates/datasets/populationestimatesforukenglandandwalesscotlandandnorthernireland ↩︎
- https://www.towerhamlets.gov.uk/lgnl/community_and_living/Residents-Hub.aspx ↩︎
- ttps://ebsontrackprospect-thc.tribal-ebs.com/Page/FindCourse ↩︎
- https://www.ideastore.co.uk/our-services/national-databank ↩︎
- アイデアストアの取組については土屋の論文が詳しい。https://doi.org/10.20628/toshokankai.74.3_160 ↩︎
- https://libraries.sutton.gov.uk/digital-content/libraries/sutton-central-library ↩︎
- https://www.local.gov.uk/case-studies/transforming-sutton-councils-libraries-offer ↩︎
- https://www.better.org.uk/library/london/bromley/west-wickham-library ↩︎
- https://www.newsshopper.co.uk/news/23448371.bromley-libraries-issue-books-london/ ↩︎
- https://www.better.org.uk/library/london ↩︎
- https://www.gll.org/services-and-impact/partners-and-collaboration ↩︎
- https://arcgroupuk.com/case-studies/property-services/west-wickham-library ↩︎
- https://www.better.org.uk/library/london/wandsworth/wandsworth-town-library ↩︎
- データの詳細は,「アイデアストア クリスプストリート」(行ったところ(8/26〜))を参照のこと。 ↩︎
- https://www.wandsworth.town/wt-library-shortlisted-for-library-of-the-year-2025/ ↩︎
- https://www.wandsworth.gov.uk/news/2023-news/news-february-2023/affordable-workspaces-opening-in-wandsworth-libraries-create-business-opportunities-for-all/ ↩︎
- https://www.uppernorwoodlibraryhub.org ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/Upper_Norwood_Library ↩︎
- コミュニティ図書館については土屋の論考がある。https://doi.org/10.20651/jslis.67.2_87 ↩︎
- https://libraries.lambeth.gov.uk/-/upper-norwood-library
https://www.croydon.gov.uk/libraries-leisure-and-culture/libraries/find-your-library/upper-norwood-library-hub ↩︎ - https://www.libraryofthings.co.uk/,以下も興味深い。 https://note.com/mononotoshokan/n/n3699c574cc9d ↩︎
- https://www.uppernorwoodlibraryhub.org/hire-a-space ↩︎
- https://www.uppernorwoodlibraryhub.org/our-impact ↩︎
- https://www.croydon.gov.uk/libraries-leisure-and-culture/libraries/find-your-library/south-norwood-library ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/South_Norwood_Library, https://brutalistlibraryse25.org/heritage ↩︎
- https://brutalistlibraryse25.org/library-consultation ↩︎
- https://fitzrovianews.com/2025/06/24/libraries-to-lead-reading-plan-in-london-borough-of-camden/ ↩︎
- https://news.camden.gov.uk/budget-passed-to-ensure-camden-will-be-there-to-support-residents/ ↩︎
- https://www.camden.gov.uk/camden-reading-together-strategy ↩︎
- https://dcmslibraries.blog.gov.uk/2018/11/01/selms-consortium-reflecting-our-shared-values-of-customer-service-value-for-money-and-innovation/ ↩︎
- https://www.camden.gov.uk/pancras-square-library ↩︎
- https://www.lifeafterhummus.com/ ↩︎
- https://en.wikipedia.org/wiki/Home_library_service ↩︎
- https://libraries.sutton.gov.uk/digital-content/libraries/westcroft-library ↩︎
- https://thelibrariesconsortium.org.uk/about-us/ ↩︎
- https://www.sutton.gov.uk/w/suttonlibraries ↩︎
- https://lyngsoesystems.com/library/cases/sutton-libraries ↩︎
- https://www.sutton.gov.uk/w/sutton-council-saves-400-000-by-extending-library-hours ↩︎