現職者を対象とした資質向上の議論

 現職者の資質向上の議論では,これまで研修の議論が中心であった。内容としては,研修のニーズ,実態(参加が困難等),研修の提供体制などである。また,図書館情報学のテキストの職員の資質向上の箇所では,現職者への研修として職場内研修と職場を離れての研修が紹介されており,特に後者を中心に記述されている(『改訂 図書館概論』,p. 114-115.)。研修中心のこうした資質向上の議論に対して,米澤誠(2014)は経営学習論を参照にしながら,新しい人材育成のあり方を提起している。ここでは,その議論を要約するとともに,海外の図書館職員の認定制度などの議論も含めて紹介したい。

 米澤の議論は概略,以下のように要約できる。まず,従来の図書館における人材育成の議論は,OJT,Off-JT,自己啓発の3つの人材育成スキーマで構成されてきた。この枠組自体は研修にとどまらない点で広い視野を持っているが,それでも,時間外の自主研究会などを含まない点で包括的ではないと指摘する。そして米澤は,中原淳の「経営学習論」(中原, 2008)を引用しながら5つの視座から「人材育成スキーマ」を整理している。

 「経営学習論」とは「企業・組織に関係する人々の学習を取り扱う学際的研究の総称」(引用は中原, 2008)のことである。「経営学習論」ではその研究領域を「組織社会化」「経験学習」「職場学習」「組織再社会化」「越境学習」に分けている。図書館に当てはめた場合を含めて順番に説明すると,1つ目の「組織社会化」は「個人が組織の役割を想定するのに必要な社会的知識や技術を習得し,組織の成員となっていくプロセス」とされる。図書館に当てはめれば,各大学での初任者研修,各大学図書館での新人研修などにあたる。2つ目の「経験学習」は「現場での業務経験の積み重ねと,その内省をともなう学習」である。図書館に当てはめれば,「日頃の現場での業務経験の積み重ねと,それに関する内省にともなう学習」(以下図書館の例は米澤, 2009)にあたる。

3つ目の「職場学習」は「職場において,人が,仕事に従事し経験を深める中で,他者,人工物との相互作用によって生起する学習」である。図書館に当てはめれば,「上司,同僚,部下,顧客などの他者との関わりを通じた学習」である。4つ目の「組織再社会化」は「ある組織において組織社会化を済ませ,仕事に熟達した個人が,新たな組織に再参入する過程において生じる学習・変化を扱う概念」である。図書館に当てはめれば,「他の図書館・組織への出向や異動することによる再参入する過程の学習」である。5つ目の「越境学習」は「組織に勤める個人が組織外に出て行う学習」である。図書館に当てはめれば,「学会,研究会,SNSなどを通じて知ることのできる組織外,時間外の学習」である。

 ここまでが米澤の議論の整理である。こうした5つの人材育成スキーマの研究領域は,個人が組織に参入し,そこで学ぶプロセスに沿った整理に近い。こうした視点は,図書館職員の資質向上の議論を拡張する点で重要である。従来は,先述したように,研修など外部の構造化された教育を中心に議論されてきた。それに対して,「経営学習論」は研修に限らず,個人の成長,発達に焦点をあてており,より包括的な人材育成のあり方を視野に入れている。

 組織から個人,教育から学習,成長への焦点化などの枠組みの変化は,国際的な動向とも符合する。国際図書館連盟(IFLA)の分科会の一つである「図書館情報専門職の継続発達,職場での学習」(Continuing Professional Development and Workplace Learning: CPDWL)は,以前,「図書館情報専門職継続教育ラウンドテーブル」という名称であった。それが,2001年に現在の名称に変更されたが,その理由は,単なる「教育」からそれも含む「発達」を意識したためと言われている(国立国会図書館関西館事業部図書館協力課, 2004)。同時に,職場における学習活動の重要性を強調するためであった(Woolls, 2015)。

 図書館職員の資質向上を図るためには,本来的には,養成教育が重要であることは論を俟たない。実際,図書館職員の養成教育に関しては,歴史的に様々な提言がなされてきた。日本図書館情報学会によるLIPERプロジェクトはその一つである。しかし残念ながら,日本の図書館情報学教育の枠組みは,ほとんど変化してこなかった。今後,変化を期待したいが,この問題の根は深い。複雑にからみ合う問題が,図書館職員の採用,つまり養成後の出口である。仮に現状のように出口が極めて狭き門である限り,つまり専門職の採用が極めて限定的である限り,養成教育の高度化だけでは意味があまりない。こうした現状を踏まえたとき,養成教育に多くのエネルギーを費やすよりも(あるいはそれと同時に),まずは現職の資質向上の改善に取り組むことが強く求められる。

 ここでは,特に「経験学習」と「職場学習」(「経験学習」に一括)に焦点を当てて,以下,「経験学習」「認定制度」「メンター制度」の議論をしていきたい。なぜ,「経験学習」に着目するかといえば,仕事における人の成長にとって最も中心的かつ重要と考えるためである。「組織社会化」と「組織再社会化」は,ともに人が大きく飛躍する機会であるが,キャリアの中で比較的短期間のことであるし,「越境学習」もその重要性はいうまでもないが,成長にとって中心とはいえない。

高山正也他編著. 図書館概論. 樹村房, 2017.

米澤誠. “大学図書館における人材育成の一考察.” 大学図書館研究 100 (2014): 65-70.

中原淳. 経営学習論 : 人材育成を科学する. 東京大学出版会, 2021.

Woolls, Blanche. “Continuing Professional Development and Workplace Learning: Past to Future.” (2017).