図書館の経済的価値

 図書館はどのくらいの経済的価値をコミュニティにもたらすことができるのか。以前,図書館の新館計画を議論する委員会に参加していたとき,報告書の中で,その経済的効果を試算していた。そこでは,1年間の資料貸出点数と資料の定価をかけ合わせていた。その金額は莫大であった。図書館の価値を抽象的な表現ではなく貨幣で表現することのメリットは大きい。特に,図書館の新館建設では多くの市民の納得を得たい。そうしたときに経済的価値を示すことができれば,納得する人も増えるであろう。しかし,さきほどの試算のように,資料貸出点数と資料の定価をかけ合わせるのは妥当だろうか。

 海外では図書館の経済的価値を投資利益率(Return on Investment: ROI)で測ることが多い。そうした例はアメリカでよく見られる。アメリカ図書館協会はその参考となるウェブページを開設している。ほかに,イギリス,オーストラリアでも行われている。また,国際図書館連盟(IFLA)の文献によれば,韓国,スペイン,チェコ,ニュージーランドなどでも行われているという。このように海外の多くの地域でこうした取り組み(研究)が行われている。

 では,こうした研究から,どのようなことがわかったか。ROIに関わる多くの研究を対象にメタアナリシスを行なった文献がある。メタアナリシスは医学分野でよく用いられる研究手法で,複数の研究を収集,統合し,総合的に分析するものである。2009年,Aabø(2009)は38件の研究を対象にメタアナリシスを行った。多くの研究では,算出において,費用便益分析と,①CVM(後述)を組み合わせて算出するもの,②市場価値で代替または二次経済効果を組み合わせて算出するもの,③その他,に分けることができたという。便益の範囲と算出方法については,いくつかのパターンがあったわけである。

 ROIに関しては平均4.5であり,中央値,標準偏差,最小値,最大値はそれぞれ4.4,2.08,1.1,10.0であった。このように,図書館設置者(コミュニティ)は図書館に1ドル投資すると,そのリターンとして平均は4.5ドル受けとることになる。すなわち,大きなリターンを期待できるというわけである。このこと自体は,図書館関係者にとって朗報であり,積極的に宣伝したい数値である。

 しかし,以下に述べるように,いくつか留保がつく。そもそもROIの算出では,①費用・便益として含める事項の範囲を決定し,次に,②その数量を決定,そして,③それを貨幣価値に変換する,という各段階をふむ。図書館のサービスのように市場で取引されているわけではない非市場材で,①から③を正確に行うことは困難であり,一定の仮定をおく必要がある。そして,その仮定によって最終的な便益は大きく異なる。実際,①と③はAabøの文献で取り上げられた研究でも仮定は様々である。

 例えば,①の費用として,年間の運営経費をあてることが多いようだが,図書館の建物・施設の減価償却費の取り扱いは判断が分かれる。また,池内(2007)が指摘しているように「移転効果」を含んでいるものについて,妥当性に疑問がないわけではない。池内によれば,図書館新設で街の人流が変化し周辺地域が活性化しても消費者の支出場所が変更されただけであり,図書館自体の価値創出は行われていないとも考えられる。また,スピルオーバーなどの外部効果の取り扱いについても研究によって取り扱いが異なる。図書館が意図したアウトカム,インパクトの経済的価値(間接効果)は,図書館としては含めたいが算出は困難である。

 他にも,個別サービスについては,貸出以外に,レファレンスサービス,館内資料の利用,施設使用,プログラム参加などが算出の対象になることが多いが,研究によって取り上げられるものは同じであるわけではない。

 ③については,前述したように,また池内も述べているように,仮想評価法(Contingent Valuation Method: CVM)がよく知られている。これは,「非市場材の経済価値を推計するための道具立て」(池内)で,支払い意思額などをもとに便益額が推計される。他に,市場価値を代替する方法として,図書の価格(その一定割合とするものが多い)や,人件費などが用いられる。二次経済効果としては,図書館による雇用創出の経済的価値,図書館資料等購入による地域経済への効果,図書館訪問増による周辺商業施設利用の効果(先程の移転効果),などが挙げられる。

 全体として,これまでの関連研究から,ROIは1を上回っており,メタアナリシスでは平均して4.5程度であった。このことから,図書館がコミュニティに多くの経済的便益をもたらすことはより積極的に宣伝してよいであろう。しかし,図書館のサービスは常に変化している。また,すでに述べたように測定の対象,測定の方法によって貨幣価値は変化する。このことが逆に算出方法への疑念を生むかもしれない。つねに算出について検討し,妥当な方法を検討することが不可欠であろう。

Aaboe, S. (2009). Libraries and return on investment (ROI): a meta-analysis. New Library World, 110(7/8), 311–324. https://doi.org/10.1108/03074800910975142

 池内淳. (2007). 動向レビュー 図書館のもたらす経済効果. カレントアウェアネス, (291), 16–20.