「望ましい基準」のあり方を考えるとき,他の国の基準は参考になる。日本の図書館でよく参考にされる国,つまりある程度の発展段階に達していると思われる国ではどうであろうか。
アメリカ,カナダ,イギリス,オーストラリアの状況を確認してみる。なお,本来,こうした調査は,しっかりとした研究としておこなわれることが望ましいことは言うまでもない。さて,4カ国の中で,全国的基準を見つけられたのはオーストラリアのみであった。イギリスは2005年の文部科学省の調査「諸外国の公共図書館に関する調査報告書」では,イングランドとウェールズに適用される「公共図書館基準」があったが,2007年に廃止されている。ただし,スコットランド,ウェールズ,北アイルランドで,それぞれ比較的最近の基準があった。アメリカはアメリカ図書館協会(ALA)のウェブページに全国基準は策定していない旨,書かれている。ただし,州レベルで策定しているところはある。カナダも全国的基準は見つからなかったが,やはり州レベルのものはいくつか見つかった。全ての国が基準を持っているわけではないことを確認できた。
国レベルではなく州レベルでも参考になると思われるので,ここでは,オーストラリア(2021年),アメリカのオハイオ州(2010年),カナダのアルバータ州(2010年)の基準を比較してみたい。オハイオ州を選択したのは,図書館の先進地域であるためであるが,アルバータ州は特に明確な理由はない。それぞれの州の人口は1,170万人と440万人である。前者の人口は東京都と神奈川県の間,後者は福岡県と静岡県の間に相当する。以下,各基準は,「オーストラリア」「オハイオ州」「アルバータ州」と言及していく。
まず,策定主体と名称であるが,オーストラリアはオーストラリア図書館協会(ALIA)とオーストラリア公共図書館連合(APLA)が策定している。オハイオ州はOhio Library Council(オハイオ図書館審議会),アルバータ州はGovernment of Alberta(アルバータ州政府)である。図書館協会等の関連団体と州政府が策定していることが分かる。
名称であるが,オーストラリアは「基準とガイドライン」(Standards and Guidelines),オハイオ州は「基準」(Standards),アルバータ州は「基準とベストプラクティス」(Standards & Best Practices)となっている。「基準」は共通して使われているが,それ以外に,Guidelines,Best Practicesなどが使われていることが分かる。
分量であるが,ここでは表紙,目次,謝辞,付録などをのぞき,本文のみの文字数をカウントした。結果,オーストラリアが約30,000文字,オハイオ州は約5,000文字,アルバータ州は約11,000文字であった。日本の「望ましい基準」の本文(公立図書館のみ)は7,000文字弱であり,英語にすると3,500文字から4,000文字に相当するであろうか。海外と比較すると少ない。
構成についてみると,オーストラリアは「基準」と「ガイドライン」に分かれており,「基準」には量的基準が示されている。「ガイドライン」は「望ましい基準」同様,質的な記述である。オハイオ州は「基準」を領域(core area)ごとに示している。一部,量的基準が示されているが,ほとんどが質的記述である。アルバータ州は,「法的基準」(Standards in Legislation)と「ベストプラクティス」に分かれている。「法的基準」では,アルバータ州の図書館法と規則(Libraries Act and the Libraries Regulation)を解説している。「ベストプラクティス」は「望ましい基準」に近いが,量的基準も併記している。ここでは,オーストラリア,アルバータ州で,日本では示されていない量的基準を示している点が注目される。
質的な記述スタイルについて見てみると,オーストラリアの「ガイドライン」は,大項目別に「目的」が書かれ,その後に小項目ごとに「ガイドライン」が示されている。このガイドラインが量的・内容的に中心といえる。その後,考慮すべき事項(Points to consider)および参考資料(Additional resources)が続く。考慮すべき事項には,発展的な事項などが書かれている。オハイオ州は大項目ごとに「基準」が示され,小項目ごとに「ガイドライン」が示されている。ガイドラインは多くの場合,1項目1文で記述され項番がつけられている。記述は極めて簡潔である。アルバータ州の「ベストプラクティス」は,項目ごとに根拠規則などがかんたんに示され,考慮すべき事項が,構造化されずにテーマに沿って記述されている。
それぞれに特徴があるが「望ましい基準」は,オハイオ州と比較的類似している。オーストラリアのように,「考慮すべき事項」として,より発展的な内容を記載してもよいが,それは,JLAや各県図書館協会(秋田県の事例が『変革の時代の公共図書館』に載っている)など別の主体が示すのもよいであろう。
全体として,3つの基準で共通して特徴的なのは,関連資料,参考資料などへの参照を示していることである。オーストラリアは「Additional resources」として多くの情報源へのリンクを示している。オハイオ州はそれほど多くないが,外部の情報源へのリンクを示している。アルバータ州も,外部の多くの情報を紹介している。情報としては,IFLAなどの国際的基準,国内の法令・規則,図書館協会のガイドライン,各種団体との取り決めなどである。こうした参照により,関連する規則に容易にアクセスすることができる。「望ましい基準」では「告示」の形式を取るため,そうした情報を載せることは難しいかもしれないが,計画づくりなどでは参考になるため,やはり日本図書館協会や各県図書館協会が補助資料として示すのがよいであろう。
内容の項目は,「望ましい基準」と大きくは変わらない。3つの基準に共通して取り上げられているものとしては,法制度,ガバナンス,経営・計画,コレクション,貸出・情報サービス,プログラム,テクノロジー,場所と施設,職員,協働,パートナーシップなどである。「望ましい基準」では,テクノロジーの項目はない。今後の「望ましい基準」では必要であろう
つぎに,量的基準について見てみる。すでに述べたように,オーストラリア,アルバータ州は量的基準を示している。オハイオ州も一部,示しているが限定的なため,ここでは取りあげない。量的基準は,自治体の規模ごとに,人口一人あたりで示されることが多い。また,ともに基本的な値と,目指すべき値が示されている点も特徴的であった。オーストラリアの場合,Targetと Enhancedの2つに分かれており,前者は「当然に」とまでは書かれていないが,基本的に満たすべき値とされ,後者は「野心的」な値とされている。前者の達成は「普通」で後者は「望ましい」という感じであろうか。アルバータ州は,EssentialとExemplaryが示されており,前者は基本的サービス提供のために「絶対に」満たすことが必要とされており,後者は,卓越したサービスを目指すための推奨基準とされている。「最低基準」と「望ましい」という感じであろうか。
具体的な項目をみると,オーストラリアは,図書館予算,職員数,開館時間,資料費,蔵書規模,蔵書の新鮮度,情報通信機器,登録率,来館者数,貸出密度,蔵書回転率,ウェブサイト等へのアクセス,事業参加者数,利用者満足度などである。アルバータ州は,資格別の職員数,蔵書規模,情報通信機器,開館時間,空間規模が挙げられている。日本の「望ましい基準」の「目標基準例」にない項目も多く挙がっている。
数値基準は全体として,図書館をよりよくしていくことを目的に設定される。基準を達成していない図書館にとっては,基準の存在は財務部局に働きかける有力な根拠となる。しかし,すでに基準を超えている図書館にとっては,予算削減圧力を強めるかもしれない。また,達成間近の図書館にとっては,それを満たした途端に,さらなる向上への意欲を弱める危険もある。こうしたメリット,デメリットをどう捉えるかは簡単な問題ではないが,日本のように告示本体ではなく,報告書付属の「目標基準例」としていることは,比較的よい位置づけかもしれない。
そもそも全国的な基準が必要かどうかは疑問もあるであろう。だいぶ以前の文献であるが,パンジトア(『公共図書館の運営原理』)によれば,全国的な基準の問題点として,基準が権威を持つにも関わらず何らの厳密な研究に基づいているわけではないこと,基準(特に最低基準)の達成で妥当なサービスをしていると満足してしまうこと,などを挙げている。そして,そうした基準の達成に注意を払うのではなく,コミュニティのニーズを踏まえて,データを収集・分析して計画を策定することがPLAなどにより推奨されている動向()を解説している(このことは別の問題を生じさせることになるがここでは触れない)。パンジトアは量的基準を念頭においているようにもみえるが,基準の課題は共通する部分もある。
日本の「望ましい基準」は質的基準であるため,達成の有無は白黒つけにくいことは逆にメリットになる。また,なにより多くの事業等が記載されていることにより,図書館が新しい活動を行う際の参考になることはまちがいない。有効に活用する「文化」も育ってきたのではないだろうか。
Pungitore, V. L., 根本彰, 小田光宏, & 堀川照代. (1993). 公共図書館の運営原理. 勁草書房.
Palmour, V. E., Bellassai, M. C., Van House, N. A., & 田村俊作. (1985). 公共図書館のサービス計画 : 計画のたて方と調査の手引き. 勁草書房.