認定制度と経験学習

日本では図書館職員の認定制度として,日本図書館協会による認定司書と日本医学図書館協会によるヘルスサイエンス情報専門員がある。それらは制度創設後,一定の成果を挙げてきた。筆者は日本図書館協会の認定司書事業委員会の委員を努めており,これまでも図書館職員の認定制度に関心を持ってきた。日本図書館協会の認定司書事業の詳細は大谷(2022)の最近の文献に詳しい。

日本図書館協会認定司書事業委員会規程は認定の対象者を以下のように定めている。ここでは,自己研鑽を自律的に行ったものが対象であることがポイントである。

司書の専門性の向上に不可欠な実務経験並びに実践的知識及び技能を継続的に修得し公立図書館及び私立図書館の経営の中核を担いうる司書として認定する者に対し付与するもの

しかし海外の認定制度は,継続的な専門能力開発(CPD: Continuing Professional Development)を行うプロセスに介入するタイプが多い。海外の認定制度について,松本(2019)はイギリス,オーストラリア,ニュージーランドの各図書館協会による取り組みを調査している。以下ではイギリスのCILIP(the Chartered Institute of Library and Information Professionals)による専門家登録(Professional Registration)について,初級レベルのCertificationのガイドブック(Certification; Your guide)にもとづき整理する。

CILIPの専門家登録の紹介に入る前に,日本図書館協会の認定司書制度の概略を述べれば以下のとおりである。認定の対象は基本的に公共図書館の職員である。また,勤務要件(原則として公共図書館に一定期間勤務),資格要件(司書資格)も求められる。その上で,研修受講,講師経験,社会的活動,大学院での学位取得,学協会活動などが自己研鑽ポイントの対象となる。加えて申請者にとって大きなハードルとなっているのが,一定の質,分量の著作である。

CILIPはどうであろうか。CILIPでは対象者は公共図書館の職員に限定されない。また,学歴要件は,以前は必要であったが現在は不要である。学歴要件撤廃には議論があったが,社会,技術,仕事が変化する中で,現職者の継続的な専門能力開発を進めることを重視する観点から廃止されている。また,申請を希望するものは,まずそのことを申し出る必要がある。

つぎに,認定に必要な自己研鑽の内容を見てみたい。CILIPでは,日本の認定司書制度と比較して認められる活動の範囲が広い。日本のように事前に活動の範囲が一定程度,想定されているわけではなく,自身が身につけようと考える知識,スキルのために必要と考えるものであればポートフォリオ(提出書類)に含めることができる。具体的には,なんらかの会議・コース・プレゼンへの出席・参加,図書館への訪問,論文の投稿,専門書を読むこと,ブログを書くこと,などである。ジョブシャドウィング(job shadowing)も含めることができる。申請を希望するものは,それらの活動を記録し,それが自身の知識,スキル向上にどのように役立ったか,そしてどのように組織(図書館など)に貢献するか考え(内省し)記録する。この際,自分の組織の中での自身の立ち位置を理解し,その貢献のためにどのような知識,スキルを身につけていくべきかという観点を含めることが推奨されている。

日本の制度と決定的に異なるのがこの内省の重視である。すでに見たように,コルブの経験学習モデルでは内省をそのプロセスの一つに位置づけていた。また,ドナルド・ショーンは行為の中の省察を含めてクライアントを持つ専門家を「省察的実践家」(reflective practitioner)として理論化している。CILIPは,申請を希望するものは省察的実践家であることを求めている。内省の記録ではリフレクティブライティングが推奨されており,ガイドブックではそのためのヒントが巻末に特別にまとめられている。

日本の認定司書制度では,自己研鑽の活動のタイプは一定程度規定されているが,どのような領域(例えば目録など)をその対象とするかは明示されていない。それに対して,CILIPはPKSB(Professional Knowledge and Skills Base)と呼ばれるスキルマップを用意している。PKSBの設定は専門職の知識の範囲を画定することであり,専門職団体にとって重要な活動である。申請を希望するものは,PKSBのうち,自分がどの領域の知識,スキルを伸ばすかを,まず特定する必要がある。ガイドブックでは10から12の領域を選択することが推奨されており,そのあと,それをどのようなスケジュールで,どのように伸ばしていくかを考え,必要に応じてメンターからアドバイスを受けることになっている。ポートフォリオでは,資格取得を申し出た時点からそれぞれの領域においてどの程度成長したかを示すことが求められる。こうしたスキルマップを使用することで,より焦点化した学習につながることができる。

CILIPではメンターを見つけることを奨励している。メンターになるには専門家登録をすでに受けている必要があるが,それに加えて,メンターに関するトレーニングを受ける必要がある。CILIPでは,そうしたメンターをリスト化し,申請を希望するものが容易に見つけることができるようにしている。申請を希望するものは,メンターを自分の所属する組織から選ぶのではなく,それ以外の組織から選ぶことが推奨されている。メンターとは,定期的に対面,オンライン,電話などでコンタクトをとり,CPDへの取り組み状況を報告したり,今後の活動について相談したりする。

こうした活動に取り組みエビデンスを収集したら,ポートフォリオとしてまとめ提出する。期間はガイドブックによれば1年から1年半が想定されている。審査には2〜3ヶ月かかり完了後,登録が認められると証明証が送付される。また,ACLIPという肩書を使用できるようになる。CILIPでは登録されたあと,CPDを継続することが強く推奨されている。これは再認証(Revalidation)と呼ばれる。次年度以降,1年間で20時間以上のCPD活動が求められる。またCertificationからChartership,Fellowshipにグレードを高めていくこともできる。

以上,CILIPの登録制度を見てきたが,経験学習の観点から日本の認定司書制度と比較して,以下のことを指摘できる。まず,自己研鑽の内容が認定司書制度ではある程度,形式的に決まっており(研修受講など),また,組織外の活動が中心であるのに対して,CILIPは柔軟で,組織への貢献が挙げられているように,職場での活動も対象となっていることを挙げられる。また,内省を重視している点も,経験学習と関連が深い。「内省的実践者」でいることを求めていること,ガイドブックでリフレクティブライティングを強調していることなどはその表れである。さらに,職場への貢献を強調する点も,職場での学習を重視する考え方と親和的である。メンターの存在も注目される。松尾のいう「発達的ネットワーク」,すなわち,組織外の利害関係のないメンターからのアドバイスは,経験からの学習を促進するものといえよう。

大谷康晴(2022). 「専門性評価」制度の難しさ : 日本図書館協会認定司書制度における活動を通じて. 情報の科学と技術, 72 (6), 198-203.

松本直樹(2019). 図書館情報専門職認定制度の国際比較. 三田図書館・情報学会研究大会発表論文集 53-56.

CILIP: the Chartered Institute of Library and Information Professionals. Certification; Your guide, 20p.

https://www.cilip.org.uk/resource/resmgr/cilip_new_website/professional_registration/aclip_guide_v1-0_20-11.pdf (last access 2022/6/24)